歌詞「落人」~2025年「三月大歌舞伎」歌舞伎座バージョン
ご観劇のお供に是非ご活用下さいませ!
「落人」
落人も見るかや野辺に若草の すすき尾花はなけれども
世を忍び路の旅衣 着つつ馴れにし振袖も
どこやら知れる人目をば かくせど色香梅が花
散りてもあとの花のなか いつか故郷へ帰る雁
まだはだ寒き春風に 柳の都 後に見て
気も戸塚はと吉田ばし 墨絵の筆に夜の富士
よそめにそれと影くらき 鳥のねぐらを辿り来る
勘平「鎌倉を出でてようようと ここは戸塚の山中 石高道で足は痛みはせぬかや」
お軽「何の まあそれよりは まだ行先が思はれて」
勘平「そうであろう 昼は人目をはばかる故」
お軽「幸い ここの松かげで」
勘平「暫しがうちの足休め」
お軽「ほんにそれが よかろうわいなぁ」
何もわけ無き うさはらし 憂きが中にも旅の空
初ほととぎす明近く
色で逢いしも昨日今日 かたい屋敷の御奉公
あの奥様のお使いが 二人がえんやの御家来で
その悪縁か白猿に よう似た顔の錦絵の
こんな縁しが唐紙の 鴛鴦(おし)の番(つがい)の楽しみに
泊り泊りの旅籠やで ほんの旅寝の仮枕
嬉しい仲じゃないかいな 空定めなき花曇り
暗きこの身のくり言は 恋に心を奪はれて
お家の大事と聞いたとき 重きこの身の罪科と
かこち涙に目もうるむ
勘平「よくよく思へば後先のわきまえもなく ここ迄は来たれども 主君の大事をよそにして この勘平は
とても生きては居られぬ身の上 其方は言はば女子の事 死後の弔ひ頼むぞや お軽さらばじゃ」
お軽「アレまたその様な事言はしゃんすか 私故にお前の不忠 それがすまぬと死なしゃんしたら
わたしも死ぬるその時は アレ二人心中じゃと 誰がお前を褒めますぞぇ
サぁここの道理を聞き分けて ひとまず私が在所へ来て下さんせ 父さんも母さんも
それはそれは頼もしいお方 もうこうなったが 因果じゃと諦めて
女房の言ふ事も ちっとは聞いて呉れたがよいわいなぁ」
それ其時の うろたえ者には誰がした みんなわたしがこころから
死ぬるその身を長らえて 思ひ直して親里へ 連れて夫婦が身を忍び
野暮な田舎の暮しには 機も織りそろ賃仕事 常の女子と言はれても 取乱したる真実が
やがて届いて山崎の ほんに私がある故に 今のお前の憂き難儀 堪忍してとばかりにて
人目なければ寄り添うて 言葉に色をや含むらん
勘平「成程聞き届けた それ程迄に思うて呉れるそちが親切 ひとまず立ち越え 時節を待ってお詫びせん」
お軽「そんなら聞き届けて下さんすか」
勘平「さぁ仕度しやれ」
お軽「アイ」
身ごしらえするその所へ
伴内「見付けた おぉ お軽も居るな やーやー勘平
うぬが主人の塩谷判官高貞と おらが旦那の師直公と
何か殿中でべっちゃくちゃ くっちゃくちゃと話合するその中に
ちいちゃ刀をちょいと抜いてちょいと斬った科によって
屋敷は閉門網乗物にて エッサッサ エッサッサ エッサエッサエッサッサと
ぼっ帰してしもうた
さあこれ烏(からす)鶉翻(うずらばん)
(さあこれからは うぬが番)
お鴨をこっちへ鳩鷺(はとさぎ)葭切(よしきり)
(お軽(かる鴨)をこっちへ 渡さば良し)
ひわだ雁(がん)だと孔雀が最後
(嫌だ何だとぬかすが最後)
とっ捕めっちゃ ひっ捕めっちゃ
やりゃあしょねえが返答は さっ さっ さっさっ さささささ・・・
勘平返事は丹頂丹頂(たんちょうたんちょう)」
(何と何と)
※セリフは多少の違いがあります。
丹頂丹頂と呼ばわったり
勘平ふふっと吹きいだし
勘平「よい所へ鷺坂伴内 おのれ一羽で食い足らねど 勘平が腕の細ねぶか
料理あんばい 喰うてみよえぇ」
大手を拡げて立ったりける
伴内「えぇ 七面鳥な もちで捕れ」
(しち面倒くさい)
花四天「どっこい」
桜さくらという名に惚れて どっこいやらぬはそりゃ何故に
所詮お手には入らぬが花よ そりゃこそ見たばかり
それでは色にはならぬぞへ 桃か桃かと色香に惚れて
どっこいやらぬはそりゃ何故に 所詮まままにはならぬが風よ
そりゃこそ他愛ない それでは色にはならぬぞ へ
勘平「さぁこうなったらこっちのもの 耳から斬ろか 鼻からそごうか えぇもう一層の事に」
お軽「あ もしっ そいつ殺さばお詫びの邪魔 もうよいわいなぁ」
伴内「へへ もうよいわいなぁ」
口の減らない鷺坂は 腰を抱えてコソコソと 命からがら逃げてゆく
勘平「彼を殺さば 不忠の上に重なる罪科 最早明け方」
お軽「アレ山の端の」
勘平「東がしらむ」
二人「横雲に」
塒をはなれ鳴くからす 可愛い可愛いの女夫づれ
先は急げど心は後へ お家の安否如何ぞと
案じゆくこそォ
幕
2025.3.3現在
落人の解説はこちら(國惠太夫website「落人」)