吉野山(よしのやま)

本名題

幾菊蝶初音道行(いつもきくちょうはつねのみちゆき)

作詞

三世 瀬川如皐(清元に改訂・竹柴金作)

作曲

富本・鳥羽屋里長(清元に改曲・清元梅吉)
清元榮寿郎(「早見の藤太」の部分)

初演

1808年(文化5年)5月 江戸中村座。(富本節として)
文政期(1818~1830)に富本節から「清元節」に編曲

参考資料

清元全集 清元集 清元五十番

解説

通称を登場人物から「忠信」と表現されることもあります。

通し狂言「義経千本桜」の四段目。
元々は義太夫節「道行初音旅(みちゆきはつねのたび)」を文化5年(1808年)に「富本節」に改作。そして文政期(1818~1830)に富本節から「清元節」に編曲、さらに明治41年(1908年)に狂言作家の竹柴金作が添削し、清元梅吉が作曲し直して現在の曲の形になりました。

登場人物は、
「静御前」。
「佐藤忠信(実は源九郎狐)」。
「早見の藤太」と家来たち(花四天・はなよてん)。

桜満開の吉野山へ、静御前は義経一行と合流するため道を急ぎながらも吉野山の美しい風景を堪能しながら旅を続けています。
一方、遅れをとって静御前の後を追いかける佐藤忠信。実はこの佐藤忠信は源九郎狐が化けたものでした。
静御前は義経より拝領した「初音の鼓(はつねのつづみ)」を所持していました。実はこの初音の鼓は源九郎狐の親の皮から作られたもので、狐忠信が化けて静御前に付き従う本来の目的はこの鼓を取り戻すことにあったのです。

曲の前半は、桜満開の吉野山を楽しみながら先を急ぐ静御前と、道端で舞う蝶や鼓の音につい本性が出てしまう狐忠信。
思惑の違う二人が里の踊りや雛祭りを真似て束の間の遊興を楽しむコミカルで優美な場面。

中盤は忠信の兄である佐藤継信(さとうつぎのぶ)が壇ノ浦の合戦で義経を守り、平教経(たいらののりつね)の強弓に命を落としてしまった話を静御前に報告する悲しくも壮大な戦の場面。

後半は静御前を捕らえるべく追いかけてきた早見の藤太と対峙し、狐の持つ妖術を駆使して退けるファンタジー要素溢れる戦闘場面。

現在でも歌舞伎や日本舞踊の舞台で頻繁に上演される人気の演目です。

<補足>
〇歌舞伎では竹本連中と「掛合」で上演されることがほとんどです。
〇早見の藤太の登場シーンは明治期に清元「落人」の鷺坂伴内の登場シーンを参考に追加された部分と伝わります。作曲者は清元榮寿郎。

歌詞

恋と忠義はいずれが重い 掛けて思いは計りなや
静に忍ぶ都をば 後に見捨てて旅立ちて
大和路さして行く野路も

馴れぬ茂みのまがい道 弓手(ゆんで)も馬手(めて)も若草を
分けつつ行けば あさる雉子(きぎす)のぱっとたっては
ほろろ けんけん ほろろうつ
なれは子ゆえに身を焦がす 我は恋路に迷う身の
ああ羨まし 妬ましや

初雁金の女夫づれ 妻持ち顔のはねばかま
人よりましのましばさす 宇賀の御霊の御社は
いと尊くもこうこうと かすみの中にみかの原
わきて形見の鼓の可愛い 可愛い可愛いの睦言も
人には包むふくさもの それを頼りにつく杖の
心ぼそ野をうち過ぎて

谷の鶯 初音のつづみ はつねの鼓
調あやなす音に連れて つれて真似草 音に連れて
遅ればせなる忠信が 吾妻からげの旅姿
背に風呂敷 しかと背負たらおうて 野道あぜ道ゆらりゆらり
軽いとりなりいそいそと 目立たぬように道隔て

静 「おぉ忠信殿 待ちかねましたわいな」
忠信「これはこれは静様 女中の足と侮って思わぬ遅参 まっぴら御免くださりましょう」
静 「ここは名に負う吉野山 四方の梢もいろいろに」
忠信「春立つと 云うばかりにや三吉野の」
静 「山も霞みて」
忠信「今朝は」
両人「見ゆらん」

見渡せば 四方の梢もほころびて
梅が枝唄う歌姫の 里の男子が声々に
我が夫が天井ぬけて据える 昼の枕はつがもなや
天井ぬけて据える膳 昼の枕はつがもなや
可笑し烏の一節に

我も初音のこの鼓 君の栄えを寿きて
徳若にご万歳とは 君も栄えてましんます
愛嬌ありける柳ごし よい中村のやぐら幕
櫓太鼓のにぎにぎと 商い神の若えびす
繁盛まします その御徳に 御田の稲には穂に穂を栄え
宝御船萬石舟 色の実入りに今年綿
誠に目出度う さむらいける 
やしょめやしょめ 京の町のやしょめ
売ったるものは何々 はまぐり はまぐり
蛤 はまぐり はまぐり
はまぐり見さいなと売ったるものは何々
はまぐり早き貝合わせ

弥生は雛の妹背中 女雛男雛と並べておいて
眺めに飽かぬ三日月の 宵に寝よとは きぬぎぬに
急かれまいぞと恋の欲 桜は酒が過ぎたやら
桃にひぞりて後ろ向き 羨ましうは ないかいな

まして女子の儚さは 男の嘘と露知らず
まこと明石の恨みなく そして明かすは実のじつ
その真実を知らずして あだ惚れらしい なんじゃいな

はや東雲のほととぎす 京ぞ皐月の花あやめ
賀茂のあおいに藤の花 世々の試しの比べ馬
はいはい はいはいはい
そもそも馬に七ケの秘所 三ケの手綱 五ケの鞍
真っ先かけて乗り出だす あっぱれ見事や派手らしや

忠信「せめては憂さを 幸い 幸い」

姓名添えて賜わりし 御着せ長を取り出だし
君と敬い奉る しずかは鼓を御顔と よそえて上に置きの石
人こそ知らね西国へ 御下向の御海上 波風荒く御船を
住吉浦に吹き上げられ それより吉野にまします由
やがてぞ参り候らはんと 互いに形見を取り納め
実にこの鎧を賜わっしも 兄継信が忠勤なり

静 「なに継信が 忠勤とや」

誠にそれよ 来し方を

思いぞ出る壇ノ浦の

忠信「海に兵船 平家の赤旗 陸(くが)に白旗」

源氏の強者 あら物々しやと夕日影 長刀引きそばめ
何某は平家の侍 悪七兵衛景清と名乗りかけ
薙ぎ立て薙ぎ立て 薙ぎ立つれば
花に嵐のちりちりぱっと 木の葉武者
言い甲斐なしとや方々よ 三保谷の四郎これにありと
渚にちょうと打ってかかる 刀を払ろう長刀の えなれぬ振る舞い いづれとも
勝り劣りは波の音 打ち合う太刀の鍔元(つばもと)より 折れて引く潮 帰る雁
勝負の花と見すつるかと 長刀小脇にかい込んで 兜の錣(しころ)を引っ掴み
後へ引く足 たじたじたじ 向こうへ行く足 よろよろよろ
むんずと錣をひっ切って 双方尻江に どっかと座す
腕の強さと言いければ 首の骨こそ強けれと
ムフフフフフ ダハハハハハ
笑いし後は入り乱れ 手しげき働き兄継信
君の御馬の矢面に 駒を駆け据え立ち塞がる

静 「おぉ聞き及ぶその時に 平家の方にも 名高き強弓」

能登守

静 「教経と」

名乗りも和えず よっ引いて 放つ矢先は恨めしや
兄継信が胸板に たまりもあえず真っ逆さま 敢え無き最後は武士の
忠臣義士の名を残す 思い出ずるも涙にて 袖は乾かぬ筒井筒

掛かるところへ早見の藤太 家来引き連れ立ち至る

※早見の藤太・家来 セリフ (舞台でお楽しみに!)※

禰宜が鼓に鈴振る手元 ちょっと鳥居を ありゃありゃしてこい
飛び越え狐 愛嬌も 宇賀の御霊は玉姫稲荷
妻恋 染めて嫁入りして そこらでしめたぞ天日照り
堅い契りのお岩様 四ツ谷でお顔を三巡りに
好いたらしいと思うたる 縁に引かれて車咲き
ちょっとおさえた強力の 袖すり抜けてどっこいな
えぇもうしつこい そこいらで
翁稲荷か とうとうたらり 喜びありや烏森

いつか御身も伸びやかに 春の柳生の いと長く
枝を連ぬる御契り などかは朽ちしかるべきと
互いに諫め いさめられ 急ぐとすれど はかどらぬ 芦原峠 鴻の里
雲と見紛う三吉野の 麓の里にぞ 着きにける

動画