申酉(さるとり)

作詞

二世桜田治助

作曲

初世清元斎兵衛

初演

1826年(文政9年)6月 江戸市村座

本名題

再茲歌舞伎花轢(またここにかぶきのはなだし)

参考資料

清元全集 清元集 清元五十番

解説

通称を「お祭り」とも呼びます。

元々は上「武内宿禰(たけのうちのすくね)」、中「網打ち」、下「申酉」の三段返しで上演されていました。
この「申酉」とは東京赤坂にある日枝神社(山王神社)のことです。そこで毎年開催される江戸の三大祭の一つ、「山王祭」を主とした曲の内容になっています。
※日枝神社を申酉と呼ぶのは、江戸城を築城する際に風水・陰陽の関係で、川越日枝神社を移しました。江戸城を中心として申酉の方角にあることから由来しています。また、その理由あって祭りには猿と鶏を飾った山車が出ます。
※江戸三大祭とは浅草の「三社祭」、神田明神の「神田祭」、そして日枝神社の「山王祭」です。
※「山王」とは日枝神社に祀られている大山咋神(おおやまくいのかみ)の通称です。
この三つをそれぞれ題材にした曲が清元にあります。

 

内容は鳶の頭が申酉の祭りで酒に酔い、喧嘩したり、色恋の話をしたりと、粋でシンプルな内容です。
また、舞台の前半の「待ってました!」と客席からオオムコウがかかり、それを受けて「待っていたとはありがてぇ ・・・」と役者が台詞をしゃべるところも見所の一つです。この台詞は清元の曲の本文とは多少演出を変えています。歌舞伎や日本舞踊では演出を変えた方を多く用います。

後半部分には粋な鳶頭の「木遣り」や「おしゃらく娘(お洒落な芸者)」が祭りを盛り上げます。
特に「引けや引け引け~」の部分からは「引きづくし」になっていて聴きどころです。

霞・・・霞引きという模様
子の日の小松・・・正月子の日に外で小松を引く祝いの事
初会の盃 馴染みの煙草盆・・・遊郭での慣わし。(遊女を店先から部屋へ引っ込ませる、暇な時「お茶を引く」など)
袖たもと・・・袖を引くなど
履物・・・仕舞う(引く)
内裏女郎の召し物・・・雛と女郎を掛けている(打掛の裾を引く)
まわし・・・引けばすぐとれるまわしの結び方をしているの洒落
菖蒲に大根・・・根っこを引っこ抜くという意味
御神木のしめ縄・・・締める(引く)、目出度い繋がりで「水引」の意味も隠れている?
ぶりぶり・・・振り振り毬杖(ぶりぶりぎっちょ)の車付きで糸を引いて遊んだ玩具
心の丈を・・・色恋での駆け引き
人形筆売り・・・人形の首を伸ばしたり縮めたり(引いたり)して見せる

歌詞

申酉の花も盛りの暑さにも 負けぬ気性の見かけから

言わずと知れしお祭りの 形もすっかりそこら中

行き届かせてこぶもなく ここでは一つあそこでは

頭かしらと立てられて ご機嫌じゃのと町内の

家主方も夕日影 風もうれしく戻り道

 

 

 「もし 皆さんもご苦労でござりやす

  こんな中で受けさせるんじゃねえが

  まあ ほんのことだが 聞いてくんねぇ ヨー」〔本文〕

 

 

(「待ってました!」

 「なに 待っていた? 待っていたとはありがてぇ

  受けさせるんじゃねえが まあ ほんのことだが

  聞いてくんねぇ ヨー」)〔舞台版〕)  

 

じたい去年の山帰り 言うは今さら過ぎし秋

初の一座の連れのうち 面白そうな口あいに

好いたが因果 好かれたも こころの二つはないわいな

そのときあいつが口癖に  

 

諦めて何のかのと ありゃただの人 

赤ぼんぶの我々なりゃこそ滅法界に迷いやす

お手が鳴るから 銚子の替わり目と あがってみたれば

お客が三人 庄屋ぽんぽん 狐拳

とぼけた色ではないかいな

 

よいよい よんやな よいよいよんやな 

やれよい声 かけろえ

 

引けや引け引け 引くものにとりては

花に霞よ 子の日の小松 初会の盃 馴染みの煙草盆

お洒落娘の袖たもと 下場の履物

内裏女郎の召し物 座頭のまわし 菖蒲に大根

御神木のしめなわ

 

又も引くものは色々ござる 湯元細工の剣玉ぶりぶり

そさま故なら心の丈を 示し参らせ候べくの

人形 筆売り この首を 長く出したり縮めたり

なんとのろいじゃあろまいか  

 

実にも上なき獅子王の萬歳千秋かぎりなく

つきせぬ獅子の座頭と お江戸の恵みぞ有難き

動画