権八小紫・下(ごんぱちこむらさき・げ)

作詞

福森喜宇助(久助)

作曲

清澤萬吉(のちの清元齋兵衛)
初世清元延寿太夫の妻・お悦の説有り

初演

1816年(文化13年)正月 江戸中村座

本名題

其小唄夢廓(そのこうた ゆめのよしわら)

参考資料

清元全集 清元集 清元五十番 清元と舞踊 清元心得帖

解説

この曲は1816年(文化13年)正月。江戸中村座の狂言「比翼蝶春曽我菊(ひよくのちょう はるのそがぎく)」の二段目に初演されたもので、「曽我物」に「権八・小紫」を加えて物語は進行してゆきます。

初演時より「権八小紫」は「権八上(権上)「と「権八下(権下)」に分かれていました。

※解説の詳しくは「権八上(権上)」を参照ください。

歌詞

間夫と言うも廓の名 客というも廓の名
嘘と誠の分け隔て それも啼く音の鶯も
梅に三浦の小紫 粋な由縁と我ながら
わがつま琴とかきならす 思いの丈の尺八も
恋慕ながしは権八が 一節切(ひとよぎり)とは気に掛かり
また黄鐘(おうしき)の調子とて 合わせられても春の夜の
夢もさながら合の手に 拗ねて見せたる瘤柳(こぶやなぎ)
煙る柳の煙草盆 互いに引合い顔そむけ
身をそむけたる風見草

小紫「コレいなぁ 権八さん 最前までも今迄も 機嫌ようして居ながら 何故にマァその様に」
権八「エェ 腹が立たいで何としょう 最前白柄とやらが 相方になったとの事」
小紫「アレ まあ そんな廻り気ばっかり」
権八「こりゃぬかし居るなぁ エェ おのれはなぁ」

人の心と飛鳥川 今日のいま迄その様な
移り心のひも鏡 冷たい心はオォそれよ
女郎の誠と玉子の四角 泣いて騙して綾なして
嘘つき初めを正月か 男をかける輪飾りは
欲徳棚の恵方から ちく大黒がござった
踊りもってござった 口から出放大黒舞
てんてれん女郎の能には 一にたわけの文枕
二に二世かけた張もなく 三にさながら仇惚れの
欲大黒をむさいな そう言わんすや こちからも
それが男の徳若に 御全盛とて わしに逆らいましんます
客たち帰る旦(あした)より 水も洩らさず相惚れの
誠の色にてさむらいける
其れにその様な胴欲な 若水くさい拗ね言葉
辛い勤めの其のうちに 情けは売れど心まで
売らぬ私が苦界の誠 縁に曳かれて破魔弓の
やがて廓の年明けて 名も呼び変えておかもじと
楽しむ甲斐も七草と 畳たたいて泣く涙
目も春雨に染めぬらん

権八「オォ その親切は忝いが 最前よりのつれない仕なしは 縁にひかされ そなたを憂き目に合わせまいため」
小紫「エ そりゃ何と言わしゃんす」
権八「サァ 仔細あって多くの金子調達せねばならぬ権八 身を捨ててこそ浮かむ瀬と 心に思わぬ悪事の様々 同類の本目丈八が心変わり もしも彼奴めに訴人されなば 今見し夢が正夢にて 刑罪に逢うは知れたこと」
小紫「そんならせんどの夢が正夢で」
権八「愛想が尽きたか小紫 さらばじゃ」
小紫「アァモシ 何のこうなったら 死ぬも生きるもかねての約束」
権八「すりゃ立ち退くなら一緒に行くか」
小紫「サァ 立ち退くまでも お前のまえふり 人目のたてば何卒まぁ」
権八「如何さま 姿までも変え 逃げかくるると世の嘲りも 望みが叶う迄の辛抱」
小紫「そんなら得心して下さんすか」
権八「如何にも」
小紫「嬉しうござんす 幸いここに この鏡台 千筋と撫でし前髪も」
権八「剃らねばならぬ 男なり」
小紫「胸の鏡もかき曇る 涙に櫛笥取り添えて」
権八「こころの内の乱れ髪」
小紫「結い直してあぎょうわいなぁ」

散ればこそ 身に降り積もる花吹雪
儚き縁の合わせ砥に 斯かる思いのあろうとは
神ならぬ身の権八が 祝うて落とす前髪を
涙で揉んで剃り落とす 向かう鏡に小紫
男なりせし面影を 見交わす袖も比翼塚
のちの浮名や残るらん 後の浮名や残るらん

動画