歴男の最近のブログ記事

こんにちは。くにえです。

またまた久しぶりの更新となってしまいました。m(_ _)m

明日5月10日(日)に八戸市公会堂に於いて
「日本舞踊と邦楽 藤清會公演」が開催されます。

くにえも末席に加えさせていただきます。

2015.5.10_hachinohe_touseikai.jpg


会主様は清元のお名執でもいらっしゃり、
会では日本舞踊、清元、鳴物とご披露なさり
芸事に深く精通なさり、多才でいらっしゃいます。


公会堂が八戸城の敷地内?という事で下浚いの合間に少し八戸城址も
ふらっと観て参りました。


hachinohejyoshi.jpg

この八戸城址は八戸藩のお城で、盛岡藩(南部氏)の支藩ではなく、
歴とした独立藩です。



会場近くには藤や八重桜がまだまだ咲いていて、とても綺麗です!




清元國惠太夫

こんにちは。くにえです。

 

再び大阪より記事を書かせていただきます。

 

前回の告知通り今月大阪新歌舞伎座で上演されております「お祭り」ついて簡潔に書かせて頂きます!

 

今月舞台で演奏されているのは「申酉」のことです。通称で「お祭り」と呼ぶ場合が多くあります。

 

 

 

申酉。本名題を「再茲歌舞伎花轢(またここにかぶきのはなだし)」といいます。

作詞は二代目桜田治助で作曲を初代清元斎兵衛。1826年(文政9年)、江戸市村座で初演されました。

 

 

 

そもそも「申酉」とは東京赤坂にある日枝神社(山王神社)のことです。そこで毎年開催される江戸の三大祭の一つ、「山王祭」を主とした曲の内容になっています。

 

※日枝神社を申酉と呼ぶのは、江戸城を築城する際に風水・陰陽の関係で、

  川越日枝神社を移しました。江戸城を中心として申酉の方角にあることから由来しています。

  また、その理由あって祭りには猿と鶏を飾った山車が出ます。

※江戸三大祭とは浅草の「三社祭」、神田明神の「神田祭」、そして日枝神社の「山王祭」です。

  ちなみにこの三つをそれぞれ題材にした曲が清元にあります。

※「山王」とは日枝神社に祀られている大山咋神(おおやまくいのかみ)の通称です。

 

 

 

内容は鳶の頭が申酉の祭りで酒に酔い、喧嘩したり、色恋の話をしたりと、粋でシンプルな内容です。

 また、舞台の前半の「待ってました!」と客席からオオムコウがかかり、それを受けて「待っていたとはありがてぇ ・・・」と役者が台詞をしゃべるところも見所の一つです。

因みに、この台詞は清元の曲の本文とは多少演出を変えています。歌舞伎や日本舞踊では演出を変えた方を多く用います。

 

 

 

鳶の頭を演じる中村勘三郎丈は11ヶ月ぶりの舞台復帰ということもあり、この台詞のやり取りが色々な意味を持っているようにお客様や我々は感じるところです。

 

 

 

申酉(お祭り)

申酉の花も盛りの暑さにも 負けぬ気性の見かけから 言わずと知れしお祭りの

形もすっかりそこら中 行き届かせてこぶもなく ここでは一つあそこでは

頭かしらと立てられて ご機嫌じゃのと町内の 家主方も夕日影

風もうれしく戻り道

「もし 皆さんもご苦労でござりやす こんな中で受けさせるんじゃねえが まあ ほんのことだが

聞いてくんねぇ ヨー」〔本文〕

(「待ってました」「なに 待っていた? 待っていたとはありがてぇ 受けさせるんじゃねえが まあ ほんのことだが 聞いてくんねぇ ヨー」)〔舞台版〕)

じたい去年の山帰り 言うは今さら過ぎし秋 初の一座の連れのうち 面白そうな口あいに

好いたが因果 好かれたも こころの二つはないわいな そのときあいつが口癖に

諦めて何のかのと ありゃただの人 赤ぼんぶの我々なりゃこそ滅法界に迷いやす

お手が鳴るから銚子の替わり目と あがってみたれば お客が三人 庄屋ぽんぽん 狐拳

とぼけた色ではないかいな

よいよい よんやな よいよいよんやな やれよい声 かけろえ

引けや引け引け 引くものにとりては 花に霞よ 子の日の小松 初会の盃 馴染みの煙草盆

お洒落娘の袖たもと 下場の履物 内裏女郎の召し物 座頭のまわし 菖蒲に大根

御神木のしめなわ 又も引くものは色々ござる 湯元細工の剣玉ぶりぶり

そさま故なら心の丈を 示し参らせ候べくの 人形 筆売り この首を

長く出したり縮めたり なんとのろいじゃあろまいか

実にも上なき獅子王の萬歳千秋かぎりなく つきせぬ獅子の座頭と お江戸の恵みぞ有難き

 

 

清元 國惠太夫

あつ~い名古屋

| コメント(0) | トラックバック(0)

こんにちは。くにえです。

 

8月29日より名古屋におります。

 

名古屋も暑いですよ。

 

今回は第63回「名古屋踊り」に参加しております。

開演期間は9月4日~13日の10日間です。

 

かなりハードなスケジュールなんです(汗)

 

大好きな味噌煮込みうどんを食べて頑張ります!

2010_8_31_nagoyaodori_keikoba.jpg

画像は名古屋踊りの稽古場の楽屋風景です。

左より、清元雄二朗氏・清元勝三郎氏・清元榮三氏(人間国宝)・清元美寿太夫氏・清元美好太夫氏

 

 

今年は名古屋開府400年という年らしく、色々なところに旗やステッカーが貼ってあります。

歴史好きのくにえの目に留まらぬわけがありません(笑)

 

なんでも徳川家康が征夷大将軍になった折に、利便性などを考慮して清須よりこの名古屋に

遷府したのがちょうど400年前のことだったそうです。

 

感動ですね!・・・・・・・・あれっ??

 

色々な意味でアツイ名古屋です。

 

 

清元 國惠太夫


こんにちは。くにえです。

現在仕事で高知県に来ております。

こちらはとても暖かく、車窓より少しづつ芽吹いている桜を目にしました。
やはり桜は良いものです。
陽気と共に気持ちまでホンワカしてきます(笑)

今回で3度目の高知なのですが、名所を見学したことは1度もありませんでした。

しかし今回は、夕方に時間があったので「桂浜」に行くことができました!

kouchi_1.jpg

今年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」の題材になっている、坂本龍馬に所縁のある場所です。
ソフトバンクのCMにもでてきましたっけ(笑)
気候に恵まれ、海がきれいでしたよ。

石の階段があり、登りきった正面に、
台座を合わせて10メートル程の龍馬の銅像が立っています。

kouchi_2.jpg

いったい何を見続けているのでしょうか?

遠い外国でしょうか?日本の将来でしょうか?


坂本龍馬にも、歴史小説などによって後年脚色された多くの異説があると言われますが、
わたしは「大きな志を持った龍馬」を信じたいと思います。

kouchi_3.jpg

僭越ながら清元の将来を思う「大きな志」は
自分の宝として大切にしていたいと改めて実感する桂浜でした。


清元 國惠太夫



こんにちは。くにえです。

 

昨日2月21日に清元三味線の人間国宝である清元榮三師のリサイタルが

紀尾井小ホールで開かれ、くにえも末席に加えていただきました。

 

多くのお客様がいらっしゃり、とても賑わっていました。

 

このホールのある紀尾井町は四谷、赤坂、永田町に囲まれた東京でもど真ん中の町です。

 

町の名前の由来は御三家紀州徳川藩屋敷、御三家尾張徳川藩屋敷、彦根井伊藩屋敷がありました。

 

カンの鋭い方はお分かりと思いますが、州・張・伊の文字を合わせて「紀尾井(きおい)」なんです!

 

また、明治新政府の立役者・大久保利通がこの紀尾井町の清水坂で暗殺されています。

 

話は戻りますが、紀尾井ホールは250人の客席があり、舞台もとてもきれいです。

2010_2_22_kioi_hall.jpg

いつかこんな所でやのくら音楽会を開催し、多くの皆様に楽しんでいただきたい。

くにえの夢です。

 

 

清元 國惠太夫

 


プロフィール

清元國惠太夫プロフィール

2016年10月

            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

アイテム

  • 2016.10.15_osaka2.jpg
  • 2016.10.15_osaka1.jpg
  • image.jpeg
  • 2016.09.12_NHK_radio.jpg
  • image.jpeg
  • image.jpeg
  • image.jpeg
  • image.jpeg
  • image.jpeg
  • image.jpeg
OpenID対応しています OpenIDについて
Powered by Movable Type 5.2.7