保名(やすな)

作詞

篠田金治

作曲

清沢万吉(のち初世清元斎兵衛)

初演

1818年(文化15年)3月 江戸都座

本名題

深山櫻及兼樹振(みやまのはなとどかぬえだぶり)

参考資料

清元全集 清元集 清元五十番

解説

「保名」は本名題を深山櫻及兼樹振(みやまのはなとどかぬえだぶり)と言います。
竹田出雲・作「芦屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)」の「小袖物狂いの段(こそでものぐるいのだん)」を1818年、清元に書き直し、江戸都座で初演された曲です。

主人公は安陪(阿部)保名(あべのやすな)と言います。
保名の想い人である「榊の前」が、父の派閥闘争に巻き込まれ自殺してしまいます。榊の前の小袖を持ち、保名は狂乱して亡き彼女の姿を探し続けるという内容です。


ここからは清元「保名」にはない筋ですが、
「榊の前」の妹「葛の葉」に介抱され持ち直した保名は、ある日一匹の狐(信太山の白狐)を助けます。
その狐が保名に恩返しするため「葛の葉」に化けて保名の元へ現れます。二人は夫婦になり童子を設け阿倍野の里へ住むのでした。

それから六年の月日が経ったある日。
里に本物の葛の葉が訪ねてきてしまいます。葛の葉に化けていた信太山の白狐は童子を名残り惜しんで
「恋しくば 訪ねきてみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」
と歌を残して古巣へ帰って行くのでした。

ちなみにこの「童子」は陰陽師で有名な安倍晴明で、母である白狐の通力を受け継いだという伝説があります。

歌詞

恋よ恋 われ中空になすな恋 恋風が来ては袂にかいもつれ
思う中をば吹き分くる 花に嵐の狂いてし 心そぞろにいづくとも
道行く人に言問えど 岩堰く(いわせく)水とわが胸と くだけて落つる涙には
かたしく袖の片思い 姿もいつか乱れ髪 誰が取り上げて言う事も
菜種の畑に狂う蝶 つばさ交わして羨まし 野辺の陽炎はる草を
素襖袴(すおうばかま)に踏みしだき 狂い狂いて来たりける

「 ンーなんじゃ 恋人がそこへ居た ンーどれどれどれ・・・エエーまた嘘言うか 訳もない事言うはヤイ」

あれ あれを今宮の 来山翁が筆ずさみ 土人形の色むすめ
高嶺の花や折ることも 泣いた顔せず腹立てず 悋気もせねば大人しう
あら うつつなの 妹背中 主は忘れてござんせう
しかも去年のさくら時 植えて初日の初会から 逢うての後は一日も
便り聞かねば気もすまず うつらうつらと夜を明かし 昼寝ぬほどに思いつめ
たまに逢う夜の嬉しさに 酒ごと止めて語る夜は いつよりも つい明けやすく
去のう去なさぬ口説さへ 月夜鴉(つきよがらす)に騙されて いっそ流して居続けは
日の出るまでも それなりに 寝ようとすれど寝入られねば 寝ぬを恨みの旅の空
夜さの泊まりはどこが泊まりぞ 草を敷き寝の肘枕 肘枕 
一人明かすぞ悲しけれ悲しけれ 葉越しの葉越しの幕の内
昔恋しき俤(おもかげ)や移り香や その俤に露ばかり 似た人あらば教えてと
振りの小袖を身に添えて 狂い乱れて伏し沈む

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