子守 プチ解説&歌詞

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こんにちは。くにえです。

 

今回は清元「子守」のプチ解説と歌詞をお送りいたします。

 

 

この記事は6~7分ででお読みいただけます。

 

 

 

子守(こもり)

 

 

解 説

 

1823年(文政6年)3月に江戸森田座で初演されました。 

作詞 増山金八  作曲 初世清元斎兵衛

 

当初は五節句を材として「五変化舞踊」の構成でした。

 

一月 子日小松曳(ねのひのこまつびき)   「官女」  長唄

三月 上巳雛桜狩(しょうみのひなさくらがり)「女仕丁」 常磐津

五月 端午粧人形(たんごのかざりにんぎょう)「牛若」  大薩摩

七月 七夕星祭祀(たなばたのほしまつり)  「子守」  清元

九月 重陽菊花傘(ちょうようきくのはながさ)「振袖娘」 長唄

 

子守は七月の部でした。

 

 

本名題を「大和い手向五字(やまとがなてむけのいつもじ)」と言います。

 

「大和」は初演の役者の岩井紫若の屋号「大和屋」から、

「手向」は三代目澤村宗十郎、四代目澤村宗十郎、二代目澤村田之助の三人の追善興行であるため、

「い」は澤村の門が「丸に い」であるため、

「五字」は五変化の舞踊であったためです。

 

※ちなみに「い」はひらがなで「かな」と読ませています。

 個人的には洒落ているなぁ~と思っています(笑)

 

 

当時は田舎から町へ出て「子守奉公」をする娘が多く、主人公もその一人です。

 

彼女も新潟より出て子守をしながらおつかいしていると油揚げをトンビにさらわれてしまいます。

追いかけますが転んでしまい膝を擦りむいてしまいます。

おぶっている赤ん坊を泣きだし必死にあやす彼女。

 

子守唄や都々逸を唄ったり、お人形遊びをしたり、恋に憧れてみたり・・・。

故郷の恋しい、そんな年端も行かぬ娘を中心に描いた江戸風俗を味わえる作品です(≧▽≦)

 

 

歌 詞

 

オヤッかな 何としょえ アイタッタッタ 

膝頭を擦りむいた 憎い鳶づら油揚げさろうた

オォオォ泣くな良い子じゃ こんな物やろな

お月様いくつ十三七つ まだ年ゃいかぬ 山出しが

 

わたしゃどうでもこうでも あの人ばかりはあきらめられぬ

じゃによって 讃岐の金比羅さんへ 願でも掛けましょうか 仇口の

花さえ咲かぬ生娘の 枝姿振りもぶっきらぼう

鼻緒切らして片々さげて がっくりそっくり みどり子おろしてこれからは

 

並べ たてたる人形店 さあさ安売りじゃ 何でもかでも選り取りじゃ

みどりはかむろ 紅は 花の姿の姉様を

口説文句は浄瑠璃で 聞き覚えたをそのままに

ほんに思えばあとの月 宵庚申の日待ちの夜

甚句踊りや小唄節 数ある中にこなさんの

お江戸で いわば勇み肌 好いた風じゃと背戸家から

見かじり申してなま中に 気もあり松の藍絞り

色に鳴海と打ち明けて 晩げ忍んで来めさるならば

これな 嬉しかろではないかいな なぞと浮かれて座頭の坊

冴えた月夜にやみ市ではないかいな やみ市なりゃこそ真っ黒な 炭屋のお客と行くわいな

座敷で何をひかんすえ 盆の踊りになまめかし

 

お前越後か私も越後 お国訛が出てならぬ

 

新潟出る時ゃ涙で出たが 今は新潟の夢も見ぬ

おーい船頭さん寄ってかんせの 戻りに鯨でも積んでごんせぇの

踊りおどらば品よく踊れ 品の良いのを嫁にとろ

松前殿様持ち物は いか たこ なまこに 珍の魚

寄らしゃんせ えぇえぇえぇなぁ 面白や

 

またも鳶めとろろとは 太い奴と豆腐屋へ

子を引きかたげて 急ぎ行く

 

 

 

参考資料
清元全集 清元集 清元五十番

 

 

 

 

 

 

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清元 國惠太夫