廓文章・吉田屋(夕霧)プチ解説&歌詞

| コメント(0) | トラックバック(0)

こんにちは。くにえです。

 

来月京都南座に於いて「吉例顔見世興行」が開催されます。

その第三部に竹本・清元「廓文章・吉田屋」が掛かります。

(吉例顔見世興行の詳細は國惠太夫blog「京都南座 吉例顔見世興行」をご覧ください)

 

 

今回は「廓文章・吉田屋」の清元の箇所の解説と歌詞を書きたいと思います(^O^)

 

浄瑠璃は母音を伸ばしたり「節付け」があります。

そのため耳だけでとらえるのはなかなか難しい箇所もございます。

 

 

6~8分で読んでいただけると思います。

歌詞もサクッとお読みいただくだけで舞台の概要や雰囲気をより一層楽しんで頂けると思います!

また江戸風俗、古語、清元を学ぶ際のちょっとしたお役に立てれば幸いでございます!

 

是非ともご活用くださいませ\( 'ω')/

 

 

 

 

解 説

 

清元での本名題は「春夜障子梅(はるのよしょうじのうめ)」と言います。

芝居などで竹本連中と掛合の場合は「廓文章」と表現する場合がほとんどです。

これは元々は義太夫の「廓文章」の「吉田屋の場」を清元の前身である「富本節」に作曲しなおした為です。(のち清元へ移調されました。)

これも清元では「吉田屋」「夕霧」と、少し違う通称をします。

 

初演は天明4年(1784年)正月(江戸森田座)。

ちなみにこの天明は、現在の福岡県志賀島で金印が発見されたり、数年に渡り「天明の大飢饉」が起こったり、浅間山の噴火と当時の民衆にも大きな出来事は数多くあった時代だった様です。

 

作詞は近松門左衛門(義太夫時の作者)、作曲は佐々木市四郎、初演の浄瑠璃は富本斎宮太夫です。

初演の伊左衛門は四世松本幸四郎、夕霧は三枡徳次郎。

高麗屋さんにとってもとても縁の深い演目なのです)^o^(

 

 

「清元」になってからの初演は文久3年(1863年)9月(江戸中村座)です。

 

 

 

登場人物の「夕霧太夫」は大阪の新町の実在した人物です。

江戸の「高尾太夫」京都の「吉野太夫」そして大阪の「夕霧太夫」と並び称されたほどの名妓だったようです。

京都島原にあった「扇屋」に在籍し、お店の移転と共に大阪新町へ。

その後、延宝6年(1678年)に27歳で没したと記録にあります。

 

 

芝居の内容は

親に勘当され、紙で出来た着物(紙子)を着なくてはならない程落ちぶれた伊左衛門。

夕霧の居る吉田屋を訪れ、主人の喜左衛門に昔馴染みで部屋へ通してもらえるが、どうやら当の夕霧は他の客と遊んでいるらしい。

床の間にある三味線を取って、奥座敷から聞こえてくる音と共に嫉妬と怒りを「ゆかりの月」の唄で表します。

 

それを知った夕霧は伊左衛門の所へ走り寄って嬉し涙を流しますが、伊左衛門は「万歳傾城」とののしって足蹴にします。

夕霧は伊左衛門の誤解を悲しみ、寝ても覚めても思い続けて病気も患ってしまったことを訴え、

そこへ扇屋主人喜左衛門と女房おさきが来て、伊左衛門の勘当が許され、夕霧を見受けする手続きも無事終わった旨を告げます。

めでたしめでたし、で終わります( ´艸`)

 

 

清元の「くどき」といわれる夕霧の心情を語る箇所などが聴きどころとなっております!^^

また我々の座っている山台は「隣のお座敷」という設定です。 どこからともなく三味線や唄が聴こえてくるという日本古来のルール「暗黙の了解」の成立する「他所事浄瑠璃(よそごとじょうるり)」の作品でもあります\(^o^)/

 

 

歌 詞

 

後には一人うたたねの 寝ても寝られぬ置炬燵

掛ける布団の肌寒く

 

「セリフ」

 

奥の様子を伊左衛門 腹立まぎれ床の間の 三味線引きよせ調子さへ

合はばどうしてこうしてと 胸は二上り三下り

唄のしょうがに合の手や 可愛い男に逢坂の

関よりつらい世のならい

 

「セリフ」

 

思はぬ人に堰き留められて 今は野澤の一つ水

 

「セリフ」

 

済まぬ心の中にも暫し 澄むはゆかりの月の影

無残やな夕霧は 流れの昔なつかしき

夫の音締め身にこたえ 飛び立つ心奥の間の

首尾が朽ちせぬえんと縁 胸と心の間の山 間の襖の工合よく

明暮恋しい夫の顔 見るに嬉しく走り寄り

抱きついたるきりぎりす 泣くより外の事ぞなき

 

「セリフ」

 

とうに死ぬるはずなれど 今日まで命 長らえしも

神仏の控え綱 これ 懐かしゅうはないかいな

顔が見とはないかいなと 

揺り起こし 揺り起こし 抱き起こせば

 

「セリフ」

 

通りゃと言ひければ

 

「セリフ」

 

誠にめでとうさむらいける

 

「しかも足駄はいて蹴るやら」

 

年立ち返る足駄(あしだ)にて 誠にめでたうさむらひける

 

「セリフ」

 

慾わかに御萬歳とや 年立ち返る足駄にて 誠にめでたうさむらいける

 

「町人も蹴る 伊左衛門も蹴る」

 

と蹴ちらかし 煙草引きよせ吹く煙管の さらぬ体にて居たりける

 

夕霧涙もろともに 怨みられたり嘆つのは 色のならいと言いながら

仲直りすりゃ明の鐘ェェ 憎うてならぬ鳥の声

何の烏が意地悪で 啼くぢゃなけれど絹ぎぬの

去なせとむない心から 去年の暮から丸一 年

二年越しに音づれなく それは幾瀬の物案じ

それ故にこの病い痩せ 衰えたが目に見えぬかァァ

せん薬とねり薬と鍼と 按摩でようようと

命繋いでたまさかに 逢うてこなはんに甘ようと

思うところを逆さまな こりゃ酷らしいどうぞいの

心強や胴慾な 憎やと膝に引き寄せて

さすっつ泣いつ声を上げ 訳も性根もなかりける

「セリフ」

 

家内が勇む勢ひにィィ 連れて浮き立つ伊左衛門

悦びの眉を開くや扇屋夕霧 名を萬代の春の花

目出度かりけるゥゥ

 

 

 

※演出上変更になる場合がございます。

 

 

  

参考資料

清元全集 清元集 清元五十番

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清元 國惠太夫

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://kuniedayu.com/blog_manager/mt-tb.cgi/541

コメントする