十六夜(いざよい)

作詞

河竹黙阿弥

作曲

清元徳兵衛(一説にお葉またはお磯)

初演

1859年(安政6年)2月 江戸市村座

本名題

梅柳中宵月(うめやなぎなかもよいづき)

参考資料

清元集 清元全集 清元五十番 延寿芸談

解説

この曲は河竹黙阿弥が44歳の時の作品です。作曲については清元徳兵衛という説、二世延寿太夫娘であり、四世延寿太夫妻のお葉という説。二世清元延寿太夫の妻いそ(磯女)説。と実際のところ詳しく伝わっていません。
ちなみに「延寿芸談(五世延寿太夫)」には、お磯が初演直前のたった一日で作り上げたとあります。

「小袖曽我薊色縫(こそでそがあざみのいろぬい)」の四立目で上演されました。
初演時の配役は
十六夜 三代目岩井粂三郎(八代目岩井半四郎)
清 心 四代目市川小團次
演奏は
浄瑠璃 四世清元延寿太夫 清元家内太夫(やなたゆう)清元美佐太夫(みさたゆう)
三味線 清元徳兵衛 清元梅次郎
と文献に残っています。

鎌倉極楽寺の僧清心は大磯の遊女十六夜の元へ通い女犯の科で寺を追放されてしまいます。それを聞いた十六夜は廓を抜け出し、稲瀬川百本杭の堤で清心と再会します。京で修行をするという清心に一緒に連れて行ってほしいとすがる十六夜。彼女のお腹には清心の子供が宿っていることを知ると、共に稲瀬川へ身を投げることを決意するのでした。

清元「十六夜清心」はここで終わりますが、のちに清心は自力で助かり「鬼薊の清吉」という悪人に成り下がります。十六夜も川下で白蓮という大悪党に助けられ妾となり、こちらも悪人に成り下がるという筋に話は進んでゆきます。

※「稲瀬川」とは現在の鎌倉にある川です。また「百本杭」は当時両国にあった有名な場所です。これは実は場面を隅田川に見立てた演出になっています。「○○川」と名前は違えど「百本杭」と付けば、観客の人々は暗黙に隅田川を連想するという当時の常識でした。厳しい幕府の検疫を逃れるための措置ではなかったかと考えられています。

※清心はのちに盗賊「鬼薊清吉(おにあざみのせいきち)」になりますが、鬼薊清吉は八丁堀に住む実在の人物であったと伝わります。水練が達者で「海坊主清吉」と呼ばれていましたが、誤って伝わったのk、それとも黙阿弥の創作か「鬼坊主清吉」となりました。因みに実在した清吉は文政2年(1819年)6月27日に千住小塚原で処刑されたそうです。

※十六夜は架空の人物ですが、名前の由来は、清心の居た「鎌倉極楽寺」近くの海蔵寺「十六井戸」と地名「扇ガ谷」からヒントを得て「扇屋十六夜」となったという説があります。また十六夜を初演した三代目岩井粂三郎の定紋が「三つ扇」であったことも関連付けられたと伝わります。

歌詞

朧夜に星の影さえ二つ三つ 四つか五つか鐘の音も
もしや我が身の追手かと 胸に時打つ思いにて
廓を抜けし十六夜が
落ちて行方も白魚の 舟のかがりに網よりも
人目いとうて後先に 心おく霜川端を
風に追われて来たりける

十六夜「嬉しや今の人声は 追手ではなかったそうな 廓を抜けてようようと ここまでは来たれども
    行く先知れぬ夜の道 何処を当て度に行こうぞいのう」

しばし佇む上手より 梅見帰りの船の唄
忍ぶなら忍ぶなら 闇の夜はおかしゃんせ
月に雲の障りなく 辛気待つ宵十六夜の
うちの首尾はェェ よいとのよいとの
聞く辻占にいそいそと 雲脚早き雨空も
思いがけなく吹き晴れて 見交わす月の顔と顔

清 心「ヤッ十六夜じゃないか」
十六夜「清心様か あぁ逢いたかったわいなぁ」

すがる袂もほころびて 色香こぼるる梅の花
流石こなたも憎からで

清 心「見ればそなたはただ一人 廓を抜けてどこへ行くのじゃ」
十六夜「どこへ行くとは胴欲な 今日ご追放と聞いた故 ひょっとこれぎり逢われまいかと
    思えば人の云うことも 心にかかる辻占に 人目を忍んで来た私 いずれへなりと共々に
    連れて退いて下さんせ」
清 心「その心ざしは忝ないが 不図した心の迷いより ご恩を受けし師の坊の お名を汚せし勿体なさ」

ただ何事もこれまでは 夢と思うて清心は 今本心に立ち返り

清 心「京へ上って修行なし 出家得脱する心 そなたは廓へ立ち帰り よい客あらば身を任せ
    親へ孝行尽くしゃいのう」
十六夜「そりゃ情けない 清心様」

今更言うも愚痴ながら 悟る御身に迷いしは
蓮の浮気やちょっと惚れ 浮いた心じゃござんせぬ
弥陀を誓いに冥府まで かけて嬉しき袈裟衣
結びし縁の数珠の緒を たまたま逢うに切れよとは
仏姿にありながら
お前は鬼か清心さま 聞こえぬわいのと取りすがり
恨み嘆くぞ誠なる

清 心「そういやるは嬉しいが 見るかげもない所化上がり わしに心中立てずとも
    思い切るのがサササそなたの為」
十六夜「そんならどうでも私をば連れて退いては下さんせぬか」
清 心「さあ悪いことは言わぬ程に 早う廓へ帰りゃいのう」
十六夜「そのお言葉が 冥途のみやげ」

岸よりのぞく青柳の 枝もしだれて川の面
水に入りなん風情なり

十六夜「南無阿弥陀仏」

すでに斯うよと見えければ 清心慌て抱きとめ

清 心「あぁこれ待った早まるな」
十六夜「いえいえ離して殺して下さんせ 所詮長らえ 居られぬわけ故」
清 心「なに 長らえて居られぬとは」
十六夜「勤めする身に恥ずかしい わたしゃお前の」
清 心「オ そんなら もしや」
十六夜「あいなぁ」
清 心「まま別れて行くときは 腹の子までも闇から闇 とあって一緒に伴わば」

廓を抜けしそなた故 捕えられなば かどわかし

清 心「再び縄目に遭わんより いっそこの場で共々に」
十六夜「そんなら死んで下さんすか」
清 心「ほかに思案は ないわいのう」

ほんに思えば十六夜は 名よりも年は三つ増し
ちょうど十九の厄年に 我が身も同じ二十五の
この暁が別れとは 花を見捨てて帰る雁
それは常世の北の国 これは浄土の西の国
頼むは弥陀の御誓い

なまいだ なまいだ

これがこの世の別れかと 互いに抱き月影も
またもや曇る雨もよい

清 心「この世で添われぬ二人が悪縁」
十六夜「死のうと覚悟きわめし上は」
清 心「少しも早う」
両 人「南無阿弥陀仏」

西へ向かいて合わす手も 凍る夜寒の川淀へ
ざんぶと入るや水鳥の 浮き名をあとに残しける

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