田舎源氏(いなかげんじ)

作詞

三世 桜田治助

作曲

名見﨑友治(富本節の三味線方)

初演

1851年(嘉永4年)9月 江戸市村座(富本節で初演)
1868年(慶応4年)4月江戸森田座

本名題

田舎源氏露東雲(いなかげんじつゆのしののめ)

参考資料

清元集 清元全集 清元五十番

解説

江戸末期に源氏物語を分かりやすく翻訳して大評判となった、柳亭種彦(りゅうていたねひこ)作、歌川国貞挿絵の「偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)」を土台に作られた演目です。

本名題は「田舎源氏露東雲(いなかげんじつゆのしののめ)」と言い、曲の場面から「古寺(ふるでら)」とも呼ばれます。

最初は富本節として嘉永4年(1851年)9月に「源氏模様娘雛形(げんじもようむすめのひながた)」という狂言の第四幕目「名夕貌雨の古寺(なにゆうがおあめのふるでら)」を富本節として桜田治助が書き、開曲されました。

大評判を博したため慶応3年(1867年)10月江戸森田座で清元に「戀慕時雨袖奮寺(こいしぐれそでにふるでら)」と本名題を変えて上演、この上演は冬の場面であったために翌年1868年(慶応4年)4月江戸森田座で現在の詞章に近い形に大幅に改訂して上演しました。改訂時には「傾城阿古木」の生霊が古寺へ現れるという設定があったと伝わります。

現在の形になったのは明治24年(191年)8月江戸市村座での上演された記録があり、清元では数少ない「時代物」を扱った、歴史の古い演目の一つです。

「黄昏(たそがれ)」の元に通う将軍足利義政の妾腹の子「足利光氏(あしかがみつうじ)」を、時期将軍の座を狙う「山名宗全(やまなそうぜん)」が害そうと目論み、黄昏の母「東雲(しののめ)」に協力を依頼します。それを知った光氏は、黄昏と共に難を逃れるため落ち延びますが、途中夕立にあってしまいます。二人は青簾一枚をまとって今熊野(京都東山泉湧寺北の山麓辺り)近くの古寺へ行き、僧「眞念(しんねん)」に一夜の宿りを頼みます。

それと知った母「東雲」は般若の面をかぶり鬼女と姿を変えて古寺の二人に近寄りますが、駆け入ってきた修験者「仁木喜代之助(にっききよのすけ)」の悪霊退散の祈りによって鬼女は姿を消すのでした。

謡曲「葵の上」の歌詞を取り入れたりと、時代物らしい重厚さを持ちながら、人物の登場シーンの節付けやセリフ回しをユーモラスに表現したり、変化の大きい印象的な演出になっています。

<補足>
〇清元ではここで終わりますが、物語はこの後、一連の鬼女騒動は母の起こしたものと知った黄昏が諫めるため自殺します。
母もほどなく自ら命を絶ち、光氏は山名宗全が隠し持っていた足利氏の宝剣等を取り返し山名勢をも駆逐、京都へ戻り将軍の後見役に就き栄華を極めたという結末になります。

〇題の「源氏」は山名宗全から身を守る足利光氏が「光源氏」の様に好色を装っていたところから。「源氏物語」というきらびやかな世界観に「田舎」と付けることによって庶民の間で親しみやすくなったようです。

歌詞

秋の夜の隈なく照す月影も 雲のさわりの仄暗く
そよぐ尾花や草の葉の 露重げなる道もせを
分け行くこころ細流れ

黄昏「憂きを助くるお地蔵様 お召しなされしそのお笠を 暫くお貸し下さりませ」

光氏「オォよい所 へ心が付きしぞ」

衆生済度の御仏に 結ぶ縁もあれかしと
願うて凌ぐ菅笠や すげなく雨は降りしきり
濡るる袂の四ッの袖 かわして纒う綾竹の
御簾の一重に籠るらん 濡れてあま飛ぶ雁金の
翼交わして離れじと 頼る野寺の庭うち へ
暫したたずむ二人連れ

光氏「そちが申せし野中の寺とはこれなるか 余が訪ふて見ん頼もう頼もう」

訪う声に真念は 相手ほしやと立ち出でて


真念「そこへ来たのは誰じゃ誰じゃ」
光氏「某事は宿願あって 今熊野 へ参詣の帰るさ 行暮れて雨に逢い 足弱の妹を連れ 甚だ難渋仕る 一夜の宿り御無心申す」
真念「よりによってこの様な 住み荒したる古寺へ 一夜の宿りが頼みたいとは ヤ変わったお人もあるものじゃが 然し着て寝るものも何もないが それは承知かな」
黄昏「ただ泊めて下されば それでよいのでござりまする」
真念「ムムそうかそうか それでこっちも安心というもの オォ見れば二人ははだしの様子 その墓手桶に水があれば 足を洗うて サァあがらっしゃれ」
光氏「然らば言葉に従う て」
黄昏「どれおすすぎを取りましょう」

※別バージョン
真念「そこへ来たのは誰じゃ誰じゃ」
光氏「某事は宿願あって 今熊野 へ参詣の帰るさ 行暮れて雨に逢い 足弱の妹を連れ 甚だ難渋仕る 一夜の宿り御無心申す」
真念「オォそれは嘸ぞかしお困りじゃろう ほーう見れば二人共裸足の様子 その墓手桶に水があれば 足を洗うてあがらっしゃれ」
光氏「然らば言葉に従う て」
黄昏「どれおすすぎを取りましょう」

深き契りを汲み て知る 草の井筒に釣瓶縄
おろすかいなの手弱くも 柄杓のえにし嬉しやと
洗うて清き恋ごころ


真念「さてお客人 見らるる通りのこの荒寺 秋は更けても藪蚊が多く 燻しが無うては イヤモ片時も辛抱がなりませぬ ところが生憎 今のにわか雨で 蚊やりをすっかり濡らしてしまい イヤ大しくじりを残しました そこでな つい近間の檀家へ行き 枯木を貰うて来まする間 甚だ失礼ではござるが 暫く留守をお頼み申しまする あぁ秋の習いとは云い乍ら いつの間にやら雨もすっかり上がった様子 それに今宵はちょうど満月 これお客人 あの天井の破れ目からこの縁へ モ一杯に差し込んで 寝ながらに見る秋の月 ここらは愚僧が自慢のところじゃアハハ・・・ ではちょっと一走りいて参りましょう どうぞ暫くご辛抱下され やれやれえらい蚊じゃあらい蚊じゃ と先ずはこうしておいて 後を明け渡すのが功徳というもの 何じゃ兄妹じゃ ウフ兄妹じゃと云ふては居れど 確かに二人は女夫連れ」
両人「えぇ」
真念「イヤなに見劣りのない あぁ よい兄妹じゃなぁ」

※別バージョン
真念「さてお客人 見らるる通りのこの荒寺 秋になっても藪蚊が多く イヤモ燻しが無うては 片時も居られませぬじゃ そこで愚僧が檀家へ行て 枯木を貰うて来まする間 暫く留守を頼みますぞ はてな兄妹じゃ 兄妹じゃと云ふては居れど どうやら二人は女夫連れ」
両人「えぇ」

真念「イヤなに見劣りのない あぁ よい兄妹じゃなぁ」

小首かたむけそそり節
仇人は狐狸かしら化けの あんな兄妹 唐にもあろか
人もあろうにこの名僧を はめて去なしてしっぽりと
若しやきゃつなら眉に唾 んエェ畜類奴と
枯柴ァァァの いぶし求めに急ぎ行く

なまいだ なまいだ なまいだ なまいだ

黄昏「誰が唱うるか あの称名 気味が悪うござりまするな」
光氏「さりとては気の弱い 何も恐るる事はないぞや」

いたわり給う御情け 露の宿りに濡れし身は
ほんに女子の冥加とも 思う心をうらうえに
あの母さまの胴慾な そら恐ろしい企み事 姿ばかりか心迄 賤しき者と御見限り
受けし此身はァァァ何とせん 悲いわいなと泣き沈む

折からあなたに怪しの音
黄昏「アレー」
光氏「アァこれ ありゃ鼠が位牌を落した のじゃ ヤャこりゃ気を失ひしか 心を確かに持て コレ黄昏 アァ折の悪い 何ぞ呑ましてやりたいものじゃな」

とやせんかたへを見返れば 位牌に供へし茶湯の仏器
介抱なして引起し

光氏「コレ黄昏 オォ心が付きしか 光氏じゃ もう良いもう良い 早九ツに間もなきに あの伴僧は如何せしか 帰りの遅 い事じゃなぁ」

案じる折から吹き送る 夜風と共に鳴動し
三ッの車に法の道
火宅の門をや出でぬらん 仏の教へひきかえて
人の怨みの深くして 瞋恚のほむらに身をこがし
枕に立つる破れぐるま
打ち乗せかくれ行こうよ

のう浅ましの我姿 身は朝がおの日蔭まつ
浮世はうしの小車の 巡る報ひを思ひしれと
打ってかかれば とくよりも
窺う修験の仮出立ち 馳け入り中を押しへ だて

喜代之助「ハ ハーッ 君にはこれに渡らせ給ふか 如何にも怪しき鬼女が振舞い いでいで障碍を祓い申さん」

いでいで加持をなすべきと 珠数押しもんで立ち向う
鬼女は怒りの形相にて 懐剣ひらりと抜きかざせば
女は有合う菅笠おっ取り ささえ止むる争いも
今ぞ心の角折れて 悪鬼の姿ぞ失せにけり

動画