有吉佐和子
清元榮寿郎
1956年(昭和31年)8月 新橋演舞場
なし
松竹演劇部 日本舞踊舞踊劇選集(国立劇場図書閲覧室資料所蔵)
解説
この曲は1956年(昭和31年)8月、新橋演舞場「東西合同大歌舞伎」初演されました。
作は有吉佐和子氏。作曲は「仇ゆめ」や大和楽を創設した清元榮寿郎師です。
謡曲「綾の鼓」を題材に、本来の女御に恋をした老人が発狂するという筋を、「傲慢な女性」「母性ある女性」「恋に葛藤する女性」「そこで成長する少年」と、逆に鼓を与えた女心、技芸を仕込む女心の視点で描いたと有吉氏は語っておられます。
「鳴らぬ」鼓と「成らぬ」恋を掛けた物語です。
初演のメンバーは
秋篠 二世中村雁治郎
三郎次 二世中村扇雀
華姫 五世澤村訥升
など
演奏は
浄瑠璃
清元若寿太夫 清元菊栄太夫 清元菊美太夫 清元清寿太夫 清元啓寿太夫 清元常寿太夫
三味線
清元栄治 清元寿次郎 清元寿太郎 清元一寿郎 清元榮三(上)
※清元は交代出演
という豪華な顔ぶれでした。
「綾」とは綾織の生地のこと。
室町時代のある貴族の館
腰元たちは館の姫華姫を慰めようと華やかに舞っているが姫は興が乗らない。
そこで腰元の一人が、庭履きの三郎次は近頃流行りの唄を歌うので披露させようと提案する。
姫はその田舎育ちの素朴な若者が自分に叶わぬ恋心を抱いていることを知っていたので、からかい半分で召し出し難題を与えた。
「もしこの鼓を鳴らすことが出来たなら、お前の心の望みを叶えてやろう」
三郎次は喜んだが、その鼓を見ると、綾糸で出来た飾り物の鼓だった。
しかし彼は「この鼓を必ず鳴らせて見せます」と誓い館を後にするのだった。
春を過ぎて秋になり、三郎次は日々綾の鼓を鳴らす努力をしているが、里の者たちからは馬鹿にされる有様だった。
それを見ていた元都の白拍子秋篠が、恋に思い詰めていた三郎次に鼓の技芸を伝授する約束をするのだった。
三年の月日が経ち、厳しい修行をした三郎次は腕はメキメキと上達していて秋篠をも凌ぐ技芸になっていた。
秋篠は当初この若者に母性に似た哀れみで接していたが、成長し美しい若者になった三郎次に恋心を抱くようになっていた。
しかし未だ華姫を想い続ける三郎次に寂しく悲しくも励まして華姫の元へと送り出す。
この時、秋篠は病を患ってしまう。
その頃華姫は益々美しくなっていて地位も立派になっていたが不思議と縁談が無いことに悩んでいた。
陰陽師の見立てによると”若者の生霊”が原因だという。
華姫は三郎次との”戯言”などすっかり忘れていたが、ちょうどそこに彼が訪ねてくる。
暫く不審に思っていたが陰陽師の言葉を思い出し愕然とする。
だが姫は美しく成長した三郎次に心惹かれてゆく。綾の鼓は鳴り響いたが、姫は音に気にも留めず、美しい若者に見惚れてしまっていた。
ところが、華姫が三郎次に惹かれたのとは逆に、鼓の音の鳴った瞬間、三郎次の華姫に対する恋の執念は一瞬で消え去ってしまう。
芸道への目覚めと秋篠の真心に惹かれている自分に初めて気づく。
慕い寄る華姫を振り捨て秋篠の元へと帰るのだった。
秋篠の家に辿り着いた三郎次はこれからの芸道への精進を誓って綾の鼓を打つ。しかし鼓は鳴らない。
驚いて鼓を見ると一方が破けている。
ハッとして秋篠に近づき抱き上げると、彼女は既に息絶えてしまっていた。
「秋篠さま・・・」
彼は声を上げて泣くのだった。
歌詞
[第一景]
さそうそよ風 舞わぬ花 舞わぬ花
春は花 花は桜の咲き染めに
風さへ咲かぬ 咲き染めに 咲き染めに
「セリフ」
むかし昔のその昔 爺は山に薪取り
婆は川にて洗濯の 日のなりわいに流れよる
どんぶらこっこの桃太郎
「セリフ」
衣の袖も振れねば名残も 名残ならず
忘るる間もなき暁は 思う鳥の思う鳥の知らずか
そら寝か思う鳥のそら音
花咲き初めにうぐいすの 耳にいらねば
春鶯囀(しゅんのうでん)の聞こえねば
逢瀬もつらき つらき逢瀬はもう別れ道
つらいとは 何が辛いえ都は桜の咲き染めに
思い染めたるお人とは 誰じゃえ
「セリフ」
綾の鼓も鳴る神の 祈りをきかぬ事あるまじ
こころとくまで唄うべき
打てども打てども 綾も鼓の鳴らばこそ
打てども打てども 綾の鼓の鳴らばこそ
[第二景]
縦糸に 亡き夫を恋いおさの 繰り出す横糸
亡き子を想い日毎に織るは賎機や
「セリフ」
月も日も 流れ流れて機織る手にも 四十路を歩むおおなみち
「セリフ」
恨めしの鼓やな 夕露も涙も袖にそぼちつつ
「セリフ」
ひびきとてや山々の紅葉 ゆさぶる声あげて
「セリフ」
親の身は 亡きの涙の子を恋いの 情け掛け橋
「セリフ」
三弦に 触れず奏でし名人の ためしを唐土(もろこし)に有りと聞く
いたらばや 綾の鼓もなどか鳴らさん
「セリフ」
鳴らぬ鼓の声たてよとは 心を尽くし果てよとや
いなとよ鼓 打ちて見ん
[第三景]
春の弥生のあけぼのに 四方の小辺を見渡せば
花ざかりかも 白雲の かからぬくまぞ なかりける
打てや鼓の音高く 唄へよろこぶ声高く
鼓打つ 奇しき縁もせんとじの 張る皮の絵は春の花形
「セリフ」
恨みとも嘆きとも白綾に 込めた心の打つ鼓
高鳴る胸を忍びかね 思いやるこそ哀れなれ
[第四景]
思い出すとは忘るるか 思い出さずや忘れねば
憂きもひと時うれしきも 思いさませば夢そうろうよ夢そうろう
冬の夜さむの朝ぼらけ ちぎりし山路は雪深く
思いやるこそ哀れなれ
「セリフ」
打てやとうとう 打てや鼓の音も張り皮の鳴る鼓
「・・・秋篠さま」
鳴る鼓 鳴らぬ鼓を鳴らす女の一念瞋恚(いちねんしんい)
思いやるこそ哀れなれ