歌舞伎解説

義経千本桜(よしつねせんぼんざくら) 「二段目」、「四段目」

概要

 「義経千本桜」は延享四(1747)年に竹田出雲・三好松洛・並木千柳の合作で書かれ、大阪で初演された人形浄瑠璃の演目でした。その半年後、歌舞伎に移植され江戸・中村座で上演されました。

 竹田出雲・三好松洛・並木千柳のトリオは「菅原伝授手習鑑」「仮名手本忠臣蔵」といった人気演目を書いていますが、この二つと「義経~」を合わせて"三大名作"と呼ばれています。

 タイトルの通り、全編通して義経に関わるストーリーとなっています。主に「義経記」で描かれるような"義経の都落ち"(京~大物浦~吉野の区間)をベースに「平家物語」や先行していた能「船弁慶」、"平家の落人伝説"等を盛り込んだ内容になっています。

 通しで上演される事も多いのですが、演目を場面毎にバラして"見取り"で上演される事が多いです。特に、義経に復讐しようとする平知盛の件(二段目「渡海屋」「大物浦」)、平維盛を助けようとする権太の件(三段目「鮓屋」)、義経の家来・佐藤忠信に化けた狐の件(四段目「河連法眼館」)が単独で上演される事が多く、人気演目となっています。

 また、四段目の「道行初音旅」は「吉野山」とも通称される所作事の演目で、舞踊演目として人気が高く、単独で上演される事が多いほか、舞踊公演でも多く上演されます。

 「河連法眼館」は「四ノ切」とも呼ばれ、「義経~」の中で最も人気と上演頻度の高い演目となっています。国立劇場が高校生向けに開催する「歌舞伎鑑賞教室」でも最も上演回数が多いのが「四ノ切」です。それだけ、初心者の方にもウケが良いのかもしれません。

 現在の歌舞伎公演では「二段目」~「四段目」を上演する事が殆どで、通し上演する場合でも、各々の名場面(「大物浦」、「鮓屋」、「四ノ切」)をフィーチャーした上演スタイルが一般的です。本解説では現在地方巡業中の「鳥居前」、「吉野山」、「四ノ切」と、大阪松竹で上演中の「渡海屋」「大物浦」について触れます。

登場人物

 源義経(みなもとのよしつね):平家追討を果たしたが、兄・源頼朝に追われる立場となり都落ちする。

 武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい):義経の忠臣。

 静御前(しずかごぜん):義経の妾。義経の後を追おうとする。

 佐藤忠信(さとうただのぶ):義経の家臣。母の病を見舞いに田舎へ帰っていた。

 源九郎狐(げんくろうぎつね):佐藤忠信の姿に化けている狐。鼓となった両親を慕っており、鼓の持ち主・静御前に近付く。

 平知盛(たいらのとももり):平清盛の子息。壇ノ浦で死んだはずだが、大物浦の渡海屋・銀平となって復讐の機会を窺っている。

 安徳帝(あんとくてい):清盛の外孫にあたる幼い天皇。壇ノ浦で死んだはずだが、今は銀平(知盛)の子・お安として渡海屋に隠れている。

 典侍局(すけのつぼね):安徳帝の乳母。今は銀平(知盛)の妻・お柳として渡海屋で過ごしている。

 河連法眼(かわつらほうげん):吉野山に住む検校で僧侶を纏める立場にある。義経とは親交があり、自分の屋敷で義経を匿う。

 平教経(たいらののりつね):壇ノ浦で死んだはずであるが、生き延び今は僧侶・横川覚範として義経への復讐の機会を窺っている。

 藤原朝方(ふじわらのともかた):院近臣で演目中では左大臣(左大将の場合もある)。実は、全ての黒幕。

あらすじ

全体

 壇ノ浦で平家を撃破した源義経でしたが、兄・頼朝から謀反の疑いをかけられていました。天下を狙う藤原朝方は、これをチャンスと捉え義経に「初音の鼓」を与えます。「初音の鼓」を与えた事には、「鼓を打つ」にかけて「頼朝を討て」という意味が込められていました。いわば、朝方による頼朝追討の、偽の院宣(院からの命令)だったのです。

 頼朝はこれを察知し、京都の義経邸である堀川御所へ使いを出して、義経に申し開きを求めます。疑いを晴らしたい義経と周囲でしたが、努力甲斐なく戦闘に陥り、都落ちを余儀なくされます。

 出発した義経一行を追った静御前でしたが、身を案じる義経には受け入れてもらえず、物別れに終わります。直後に頼朝の追っ手に出くわした静御前は、狐の化けた佐藤忠信に救われ危機を乗り切ります。狐と知らない義経は狐忠信に静御前の守護を命じますが、この狐は「初音の鼓」に使われている狐皮の子にあたり、親を慕う想いからも同行をするのでした。

 義経は頼朝の追手からの逃避行を続けますが、平家残党にも次々と遭遇します。兵庫県尼崎市にある大物浦では、船頭に扮していた平知盛に。奈良県の吉野山に差し掛かった時には、僧侶・横川覚範になっていた平教経に、壇ノ浦の遺恨をぶつけられます。

 最終的には吉野山中にて決着を迎え、奥州へむけて旅立つというところで、物語は終わります。

『二段目』「伏見稲荷」(通称「鳥居前」)

 義経一行が伏見稲荷の前に来たとき、義経の妾・静御前が追いついて来ます。同行したいと頼む静御前でしたが、義経は認めません。"初音の鼓"を静御前に与え、都へ帰るよう諭しますが、静御前は聞き入れません。仕方なく義経は静御前を木に縛り付け、その場を去ります。

 そこへ現れたのが、頼朝方の手下。静御前を手荒く連行しようとします。そこへ静御前を助けるべく登場したのが義経の家来・佐藤忠信。といっても実はこの忠信、贋物で狐が化けていたもの。狐忠信は、その不思議な力もあって頼朝方の手下達を蹴散らします。その様子を見て戻ってきた義経は、忠信への褒美に自身の名"源九郎"を与え、忠信に静御前の守護を命じます。そして義経一行は九州を目指し旅立つのでした。

『二段目』「渡海屋」

 九州を目指す義経一行は渡海屋にて船出を待ちます。そこへ頼朝の手下が迫りますが、渡海屋の主人・銀平によって蹴散らされます。しかし、銀平の正体は壇ノ浦で死んだはずの平知盛。銀平の子・お安も正体は安徳帝、妻・お柳も正体は典侍局だったのです。生き延びた平知盛達は、義経に復讐するために此処にこうして待っていたのでした。そして、先ほどの頼朝の手下を蹴散らす件も義経を油断させる計略でした。悪天候の中、義経一行を出航させた平知盛は幽霊姿となって義経追討に向かいます。

『二段目』「大物浦」(通称「碇知盛」)

 平知盛の計略は、実は全て義経側にはお見通しでした。義経を襲撃する知盛でしたが、逆襲されてしまいます。安徳帝を守りながら知盛を待つ典侍局でしたが、知盛の敗戦を知り入水しようとします。しかし、安徳帝と入水しようとする所を義経の家来によって抱き止められます。

 一方の知盛は、安徳帝の身を案じて命からがら大物浦に戻って来ます。しかし、そこへ現れたのは義経一行を伴った安徳帝。安徳帝の守護を約束する義経に安堵した典侍局はその場で自害します。安徳帝は、自身を守護する義経を敵に思うな、と知盛に述べます。その帝の言葉を聞いた知盛は覚悟を決めます。平家一門の因果応報、自身の出る幕が無い事を悟った知盛は、碇を身体に結びつけ碇と共に海に果てる壮絶な最期を遂げるのでした。

『四段目』「道行初音旅」(通称「吉野山」)

 源義経が吉野山中に滞在していると聞いた義経の妾・静御前は、お供の佐藤忠信(源九郎狐)と一緒に吉野へやって来ます(『二段目』「伏見稲荷」参照)。途中、何度か忠信とはぐれてしまいますが、不思議なことに静御前が"初音の鼓"を打つと何処からともなく忠信が現れます。二人は様々な踊りを見せてゆきます。忠信は、前の源平合戦の様子も表現します。

 途中、頼朝方の手下が現れ捕まえようとしますが、忠信はその力で見事に蹴散らすのでした。そして、静御前は義経との再会を願いつつ旅を続けるのでした。

『四段目』「河連法眼館」(通称「四ノ切」)

 源義経は、河連法眼の屋敷に身を寄せています。そこへ駆けつけて来たのは佐藤忠信。義経は忠信に静御前の事を聞きますが、忠信は何の事やらさっぱり分かりません。それもそのはずで、こちらの忠信は狐でなく"本物"の佐藤忠信。勿論、静御前を預けられた覚えはありません。しかし義経も先日、静御前を預けた佐藤忠信が狐である事は勿論知らないので、今目の前にいる忠信を疑います。

 そんなところへ今度は、静御前と佐藤忠信が屋敷に到着します。これで忠信が二人に。怪しいので、静御前のお供をしていた忠信を詮議する事になります。問い詰めると、静御前に同行していた忠信は、狐である素性を告白しました。そもそも、静御前の持っている"初音の鼓"というのは、狐の皮で出来たもの。その鼓となった狐の子供というのが源九郎狐でした。親狐を思う源九郎狐は、佐藤忠信の姿に化けて静御前について来たのでした。今や身内に追われる身となった義経は、この親子狐の情愛に胸を打たれます。そして、"初音の鼓"を源九郎狐に与えます。

 親狐の形見を取り戻した源九郎狐は喜びを顕わにします。そして、義経の身に危険が迫っていると予言します。実際、義経の所へ悪僧が夜討にやって来ます。源九郎狐は、その不思議な妖力で悪僧を懲らしめて、鼓と共に飛び去って行くのでした。

みどころ

 通しで見たときは、「平家物語」「義経記」から大きく外れた所に、様々なフィクションがはめ込まれ、悲劇や情愛など人間の心打たれる要素がふんだんに注ぎ込まれている点に感心するでしょう。また、「平家物語」「義経記」から大きく外れつつも所々リンクし、全体の世界観やコンセプトにも「平家物語」「義経記」に通じるものがある点がみどころでしょうか。しかし、通しで観る事よりもミドリで観る事が多いので、そのあたりで説明してみます。

 「鳥居前」は、源九郎狐が主人公という事もあり、『四段目』のみの上演スタイルの時でも上演される事があります。"音羽屋の暫"と呼ばれるほど、荒事味の強い演目です。荒事で表現される源九郎狐の力強さを単純に楽しんで下さい。

 「渡海屋・大物浦」は、前半が町人世界、後半が武士世界と分かれているのが面白いです。前半に聞ける"魚づくし"の台詞は、作品が書かれた江戸時代の食文化も垣間見ることができる、洒落っ気たっぷりな名台詞でしょう。

 知盛が白装束になってからは、能「船弁慶」(近代において歌舞伎にも移植されました)の影響が強い内容となっています。一方で仏教思想も色濃い演目でもあります。しかし、知盛は決して悟ることなく、また悟りを啓こうとすることもなく、あくまで幽霊として信念を持ち、碇を担いで最期を遂げます。この場面は、とても豪快で強いインパクトを受ける事になるでしょう。そのため知盛を演じる役者の、芸としての大きさが試されるのではないかと思います。知盛は、「千本桜」の中心人物で、最も品位が求められる役ではないでしょうか。知盛という存在を中心に観ることで、興味深く入っていけると思います。

 「吉野山」は通し上演はもちろん、「四ノ切」が上演される時でも必ずといって良いほど上演されます。また、舞踊演目として単独でも上演する事が多い演目です。恋人でない男女の踊りとなっています。もともと春を舞台にした演目ではないのですが、現在では桜咲き誇る春の一場面となっており、その彩り鮮やかな舞台を眺めるだけでも楽しめるかと思います。

 「四ノ切」は、親子の情愛を動物に照らして描いているため、分かりやすいと思います。源九郎狐が本性を顕してからの台詞は、"狐詞"と呼ばれる独特の台詞回しで表現されます。中には"狐詞"をあまりされない役者さんもいらっしゃいますが、この"狐詞"は狐が人間と同じ情理を持っていて、それを人間以上に表現するという、この演目最大のポイントに効果的なため、重要な演出と捉えています。

 また「四ノ切」は、"ケレン"と呼ばれる、大掛かりで奇抜な演出が見どころでしょう。歌舞伎の古典演目の中で、最も"ケレン"が残っている演目と言って、差し支えないです。同じ役者さんが源九郎狐と本物の佐藤忠信の二役を素早く入れ替わりで演じたり、源九郎狐が縦横無尽に舞台上を移動したりと、派手で奇抜でアクロバティックな演出となっており、視覚的にもかなり楽しめると思います。澤瀉屋の型では、最後に源九郎狐が"宙乗り"で飛び去る演出をしているため、幅広い客層に人気があります。

その他

 最後、全て解決したにも関わらず義経が奥州を目指して旅立つのは「藤原朝方の偽の院宣のせいで自身が追われているのなら、平家追討も偽の院宣だった」「平家追討の大義名分を保つためには、自身を追い詰めることになるとしても、偽の院宣を受け入れるしかない」という義経の解釈が考えられます。こうしたジレンマを義経が受け入れる幕切は「平家物語」「義経記」ともリンクする「"義経"千本桜」としてよく出来たものだと個人的に思います。

(解説:永江胡麻蔵)