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日本語4「十八番」

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こんにちは。くにえです。

 

皆さん、いきなりですがカラオケは好きですか?(笑)

僕は大好きなのですが、最近なかなか行くことができず、残念です。


上手に歌える曲を、よく「十八番」といいます。
「じゅうはちばん」と読んだり「おはこ」と読んだり。

 

この言葉のルーツ、ご存知でしょうか?

 

阿弥陀如来が仏になる修行の際に立てた「48の願(がん)」の18番目に「念仏往生の願(念仏を唱える生けとし生けるものすべてを救う)」というものがあり、阿弥陀如来がこの願を他の仏より得意としたためという説があります。

 

実はこの言葉、歌舞伎もルーツに関係してるんです。

 

「歌舞伎十八番」という言葉はご存知でしょうか?

 

助六(すけろく) 矢の根(やのね) 関羽(かんう) 不動(ふどう) 象引(ぞうひき) 毛抜(けぬき)

外郎売(ういろううり) 暫(しばらく) 七つ面(ななつめん) 解脱(げだつ) 嫐(うわなり)

蛇柳(じゃやなぎ) 鳴神(なるかみ) 鎌髭(かまひげ) 景清(かげきよ) 不破(ふわ)

押戻(おしもどし) 勧進帳(かんじんちょう)

 

この18演目のことを指します。

 

いずれも市川宗家(市川團十郎)の誇る荒事(あらごと。超人的な力をもつ正義のヒーローを演じること。)です。
また、この18演目の台本を家宝とし、箱に大切に保管していたことから「十八番(おはこ)」と読むようになりました。

つまり誇る・得意とするものを「十八番」「おはこ」というようになったという説です。


ここからは自論ですが、阿弥陀如来の18番目の願を最も得意にしていたということで、市川宗家もその数に演目を合わせて発表したのではないのでしょうか?

結果、それが世間で大評判となり、言葉が浸透した・・・。

 

要するに語源は「18番目の願」から、浸透は「歌舞伎」から。

どちらも「十八番」の使われるルーツには変わりないですよね(笑)


 

追伸:
「文化は古典から。入り口は『やのくら音楽会』から。」のやのくら音楽会も、宜しくお願いします。笑
詳細は右側のの鳥居が描かれている画像をクリック!

 

 

清元 國惠太夫


福よ来い!

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こんにちは。くにえです。

 

正月三が日が、ダラダラしていたら早くも過ぎ、
仕事モードに切り替え困難な私です(笑)

ついでに餅と御節で太りぎみです(笑笑)

 

我が家では、正月2日に門前仲町の深川不動尊にお参りをするのが例年の行事となっています。

 

外出してそれぞれの家の門松や松飾りを見ますと「正月だな~」という気分になりますね。

色々な装飾で、その家はもちろん、通り掛かる人々にも福を与えてくれる気がします。

 

古来の日本人は樹木や木の枝に神が宿ると考えていまして、
その枝を家の入り口に神の依り代として置き、福を招いていたことが門松のルーツなんだそうです。

 

その地域によって様々な形があるようですが、若松と竹を水引などで蝶結びに縛り、
一対に飾る風習は室町時代から形を変えて現在に至ります。
(平安時代にも、新年には松を家に持ち帰っていたらしいです。)

 

時代背景と共に形は順応してきましたが、精神は変わらないんですね!

 

 

 ご報告   第7回やのくら音楽会のチラシが完成いたしました!

やのくら音楽会のチラシ

皆様、是非遊びにいらして下さいね!!!

チケットのお申し込みはチラシ記載の連絡先ほか、

いつもどおりmail.gifにメールしていただいてもOKです。


 

清元 國惠太夫

二枚目、三枚目

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こんにちは。くにえです。

昨日、一昨日とクリスマスでしたね・・・・。
一人身の私にとっては寂しさの極みです(泣)


今、京都の南座に出演しています。

kyoto minamiza.jpg

これが南座の正面です。

注目してしてみると木の板がたくさん並んでいるのが分かると思います。
これの一つ一つには幹部の役者さんの名前(名題)がズラッと並んでいるわけですね!

kyoto minamiza appu.jpg

この看板を張り出すのも、最近ではこの南座くらいです。それも12月の「顔見世興行」の名物なんですね!!

いやぁ、風情があります。

ちなみに今回は役者さんの数がうまい具合になっているらしく、
真ん中から左が関東役者【江戸】、右が上方(関西)役者【大阪】と並んでいます。
これはなかなかレアのようです。(関係者・談)
(真ん中に小さい看板で「清元連中」の文字は見えますか??(笑))

kyoto minamiza appu2.jpg

出ている看板の名前でお客さんを多く集められるところから「看板役者」という言葉がうまれました。

また真ん中の間隔を含め、両サイド(写真の場合は4サイド)から役者のランクや序列で並べられるのです。

かつての芝居小屋では、端から二番目には花形(色男)三番目には技巧派の名前が張り出していたことから良い男を「ニマイメ」、ぶ男や愚な男を「サンマイメ」と呼ぶようになったんですよ。


サンマイメ 清元 國惠太夫

こんにちは。くにえです。

 

以前、「言葉は時代と共に変わってゆくことが素晴らしい」と持論を書きましたが、
古くから使う言葉でも日本ならではのモノがたくさんあります。


例えば数年前、京都議定書を発効することとなった会議において「もったいない」という日本語が用いられ、世界的に有名になりました。


英語ではwasteful(浪費する・無駄が多い)という単語が当てられるそうですが、
モノに対する敬いや愛情という感情が含まれる日本特有の単語は「もったいない」という言葉以外では表せないそうです。


これって実は凄い事ですよね!!


日本人の持つ感性というのは、長い間他国の文化とあまり交わらない環境だからこそ生まれた、ある種極みと言っていいものです。

 

そもそも「もったいない(勿体無い)」とは、仏教用語の「勿体(もったい)」が語源です。
「勿体」とはモノの本来あるべき形、姿を指します。


この「勿体」が壊れてしまう事で嘆き、惜しむという心が「もったいない」という言葉なのです。

 

子供の頃、水道の蛇口をひねったままで水を出しっぱなしにしたことがありました。
母親に怒られたことはいうまでもありません。


その時、母は「水の神様の罰が当たる」といったことを覚えています。


昔から日本人は、万物に神が宿ると信じていました。
地、空、海。茶碗や針といった日常に使うものにまでいたります。


そういった信仰心や、独特の奥ゆかしい考え方から「もったいない」という概念が生まれたのだと思います。


子供には「もったいないオバケが出る」と言い聞かせたそうです(笑)

こんな日本人、こんな日本語を、僕は素晴らしいと感じ、いろいろな方法を通じて

忘れてしまわないように伝えていきたいと考えています。


 

清元 國惠太夫

古き良き日本語1

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こんにちは。くにえです。


「最近、若者の日本語がおかしい」

などとよく聞きます。言葉をすぼめたり、語尾を上げたり・・・。
僕も言葉によっては違和感を覚えることがあります。

しかし、気が付けば自分も知らず知らずのうちに使ってしまっています(汗)

 

私が日ごろ語る清元は、古いものでは数百年前の日本語を使っています。当時の流行した出来事や商品などが、掛け言葉として歌詞におり混ぜてあるんです。

昔の言葉だと所々意味の通じないモノがあったり、同じ字面でも意味が変わってきているものがあったりして直感的に分かりにくいのですが、さらに言葉が分からないように分からないように掛け言葉にしてあるんですよね。
(同時は分からないようにすることが作詞の美学だったのです)

 

余計分からなくなりますよね(汗)

 

職業柄、そんな風に昔の言葉に触れたりする一方、今現在の言葉も使ったりすることで、言葉の意味や定義みたいなことを考えることが多いのですが、結論としては時代時代で言葉が違っていても良いのではないかと思っています。

世相で服装が変わったり生活スタイルが変化したりするように、言葉だって変化するのは当然ですよね。最低限の節操は緩んではいけないということで、要所を抑えれば問題ないのだと思います。

 

何が要所で何がそうでないかを知るためにも、古き良き日本を知ることが必要ではないかと考えており、皆様がそういった拡がりを持っていくことができるように、清元を通してお手伝いできればと考えています。


清元 國惠太夫