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こんにちは。くにえです。

 

昨日、歌舞伎座に於いて「清元節生誕200年記念演奏会」が賑々しく開催されました!

会についてのご報告と御礼をしたいと思います。

 

 

演奏会は時間帯によって三階席までお客様が一杯になるほど大盛況に終わりました。

 

ちょこっとだけ当日の写真を掲載させていただきます!

 

2014.3.28_kiyomoto200_butai1.jpg

幕内、スタンバイの様子です。

 

上の写真は次の出番を待っていらっしゃる場面です。

今回は回り舞台を利用しています。

出番になったら舞台が180度回転して正面に向くというものです。

つまり後ろでは本番中です。

 

 

真ん中、下の写真は清元の高輪派、梅派の男性社中総出による「種蒔三番叟」の出番前の写真です。

 

2014.3.28_kiyomoto200_butai2.jpg

舞台と客席の様子です。 

楽屋にあるモニターを撮影しました。

 

 

2014.3.28_kiyomoto200_utabon_tanemaki.jpg

今回の「種蒔三番叟」のためにいただきました唄本です。

 

種蒔三番叟とは初代・清元延寿太夫がまだ豊後路清海太夫(清元節が誕生する前)の頃に上演された曲で、

清元が誕生してから初めて演奏された曲と言われています。

 

つまりこの曲は200年ほど前の江戸の人々も聞いていたのかもしれません(笑)

 

 

最後に、

粗ブログでくにえが申し上げるのは大変に恐縮でございますが、お越し下さった皆様に厚く御礼申し上げます。

m(_ _)m

 

今後も益々清元節を宜しくお願いいたします。

 

 

 

 

清元 國惠太夫

こんにちは。くにえです。

 

今回は前回にお知らせさせていただいた京都南座・吉例顔見世興行の演目、清元「隅田川」について解説させていただきます!

(前回ブログ http://kuniedayu.com/blog/2011/11/post-117.html )

 

 

この曲は本名題も通称も「隅田川(角田川)」といいます。

 

作詞を日本画家で有名な鏑木清方の父、条野採菊(じょうのさいきく)。作曲を二世清元梅吉が担当し、明治16年(1883年)に作詞者の条野採菊の邸宅で素浄瑠璃として開曲しました。

 

もともと、室町期に出来たとされる謡曲(能の詞曲)の「隅田川(角田川)」を改作したもので、当時、遊里や町の風景など、庶民の目線からの作品が多い清元が非難を浴びた時期があり、その脱却から謡曲の改作をして作られた異色の名曲です。

 

 

 

◆くにえの曲説明

 

 

隅田川の渡し守(船頭)が船出の準備をしているところへ都の北白川(京都)より逸れてしまった幼い子供を捜しているという女性に出会います。

この女性は髪も乱れ、もはや常人ではない様子でした。

 

この狂女は渡し守に子供の話をし、誘われるがままに舟に乗ります。

 

舟を川に出して少しのところ、狂女が向こう岸の柳の木の下で人が集まり、念仏を唱えている場面を

目にします。

狂女は渡し守に問うと、渡し守はその経緯を語るのでした。

 

「去年、都より人買いが幼い子供を買取った。慣れない旅にその幼い子は疲れ果て、この川岸に

倒れこんでしまったのだ。情け容赦ない人買いは、その幼い子供をそのまま捨て置き消えてしまった。人々は哀れに思って労わった。

故郷を問うと、都の白川と言う。父親の名を問うと、吉田という。

そうしてその身形の良い幼い子は草葉の露となってしまった。」

 

その話を聞いた狂女は渡し守に聞きます。

 

狂「それはいつごろのことですか?」

渡「去年3月。それも今日のことだ。」

狂「その子の歳は?」

渡「たしか12歳だった。」

狂「その名は?」

渡「梅若丸」

 

狂女は泣き伏せてしまいます。その子供こそ、この狂女の探していた我が子だったのです。

 

渡し守は哀れに思い、狂女を向こう岸の柳の下、梅若丸の眠る塚へと導くのでした。

 

月の夜。隅田川の波風と共に念仏を唱えます。

「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏・・・・・・・・・」

 

その時。

念仏の中に梅若丸も共に「阿弥陀仏」と唱えた声が狂女の耳に聞こえます。

 

狂女は梅若丸の眠る塚を抱きしめ、再び泣き伏せてしまうのでした。

 

 

原詞  「ついと塒(ねぐら)を たつ白鷺の のこす雫か 露か涙か」

 

 

やがて鐘の音が鳴り、空が明けてきます。        幕

 

 

 

 

この隅田川はこのようなバットエンド?で終わるのです。

 

(「ついと~」の舟唄は初演には無く、明治41年に開かれた演奏会の折、五世清元延寿太夫が付け加えました。)

 

 

くにえはこの曲がとても好きです。

 

最初の歌詞に

「実にや人の親の 心は闇にあらねども 子を思う道に迷うとは」

という文句があります。

 

どの時代でも子供を思う親の気持ちとは、何ものにも変えられない深いものがあるのだと、くにえは思います。

 

 

今日はママと一緒にお寝んねしよーかな(笑)

 

 

清元 國惠太夫

 

 

参考文献

清元全集(日本音曲全集)・宗家直伝清元集(上巻ノ三)

こんにちは。くにえです。

 

東京では桜が散り始め、葉がうっすらと枝を覆うようになってきました。

北関東方面ではまだまだ見ごろなのではないでしょうか?!


 

今日はこの時期にぴったりの舞台セットを駆使する清元「保名(やすな)」を
ご紹介したいと思います。

 

 

yasuna_kiyomoto_kogakouichi.jpg                                                                                                                     作・古賀宏一


上記の画像は保名の舞台美術の原画です。
父が保名を踊る際に故・古賀宏一先生に描いていただいたそうです。

桜や菜の花畑の風景に蝶が舞い遊ぶ春の一幕です。


この「保名」は本名題を深山櫻及兼樹振(みやまのはなとどかぬえだぶり)と言います。
竹田出雲・作「芦屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)」の
「小袖物狂いの段(こそでものぐるいのだん)」を1818年、清元に書き直し、
江戸都座で初演された曲です。

 

主人公は安陪(阿部)保名(あべのやすな)と言います。


保名の想い人である「榊の前」が、父の派閥闘争に巻き込まれ自殺してしまいます。
榊の前の小袖を持ち、保名は狂乱して亡き彼女の姿を探し続けるという内容です。

 

後に歌詞を載せますが、是非読んでみて下さい!
どの時代でも想う人に対する気持ちは同じなんだと共感できると思います!!

 


yasuna_tomozou.jpg

 

写真は保名です。

肩に榊の前の小袖を掛けています。
見ずらいかもしれませんが、頭に紫色の鉢巻をしています。

 

 

因みに、この鉢巻の結び目の場所には意味があります。

顔の正面に見て左側に結ぶと病気・病人を差し、
写真のように向かって右に結ぶと狂人・物狂いを指します。

 

 

 

深山櫻及兼樹振 ~保名~


 

作・篠田金治 作曲・清澤萬吉(のち初世清元斎兵衛)

 

恋よ恋 われ中空になすな恋 恋風が来ては袂にかいもつれ
思う中をば吹き分くる 花に嵐の狂いてし 心そぞろにいづくとも
道行く人に言問えど 岩堰く(いわせく)水とわが胸と くだけて落つる涙には
かたしく袖の片思い 姿もいつか乱れ髪 誰が取り上げて言う事も
菜種の畑に狂う蝶 つばさ交わして羨まし 野辺の陽炎はる草を
素襖袴(すおうばかま)に踏みしだき 狂い狂いて来たりける

「 ンーなんじゃ 恋人がそこへ居た ンーどれどれどれ・・・エエーまた嘘言うか 訳もない事言うはヤイ」

あれ あれを今宮の 来山翁が筆ずさみ 土人形の色むすめ
高嶺の花や折ることも 泣いた顔せず腹立てず 悋気もせねば大人しう
あら うつつなの 妹背中 主は忘れてござんせう
しかも去年のさくら時 植えて初日の初会から 逢うての後は一日も
便り聞かねば気もすまず うつらうつらと夜を明かし 昼寝ぬほどに思いつめ
たまに逢う夜の嬉しさに 酒ごと止めて語る夜は いつよりも つい明けやすく
去のう去なさぬ口説さへ 月夜鴉(つきよがらす)に騙されて いっそ流して居続けは
日の出るまでも それなりに 寝ようとすれど寝入られねば 寝ぬを恨みの旅の空
夜さの泊まりはどこが泊まりぞ 草を敷き寝の肘枕 肘枕 
一人明かすぞ悲しけれ悲しけれ 葉越しの葉越しの幕の内
昔恋しき俤(おもかげ)や移り香や その俤に露ばかり 似た人あらば教えてと
振りの小袖を身に添えて 狂い乱れて伏し沈む

 

 

清元「玉兎」について

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こんにちは。くにえです。

桜が満開です!!

やっぱり桜はいいですね。

1年の間で満開なのはほんの数日だけ・・・。だからこそ良いのかもしれません。
見ているだけでとてもあたたかくなります。


日々地震のある中で癒しの象徴となってもらいたいです。


 

今日は過去に何度か登場しました「玉兎」について触れたいと思います。

 

というのも、國惠太夫ブログを愛読してくださっている方から
「何度か出てきた玉兎について知りたい」とのご意見をただきました。

 

既に触れていたと思っていたのですが、勘違いでした(笑)

 

 

 

玉兎は1820年に初演されました。

本名題を玉兎月影勝(たまうさぎつきのかげかつ)といいます。
「玉兎」とは月に兎が住んでいて餅をつくという中国の古い伝説「玉兎(ぎょくと)」から
とられています。

「影勝」とは当時流行っていた越後の菓子「影勝団子」を盛り込んだとされています。
この団子はとても固かったそうです。
名前の由来は戦国時代、越後の龍といわれた上杉謙信の養子、上杉景勝からとったと
されています。
この人物が大変堅物だったことから「景勝」をもじって「影勝」と名付けたそうです。


曲の内容は月に兎が住み、餅をつくところから始まり、途中カチカチ山の
お話も組み込まれた分かりやすいものです。

ちなみに上記の「影勝団子」を盛り込んだのは、
テレビもラジオも無い時代に餅と餅つきを掛けてCMも役割も果たしていたとも
言われています。


 ※この動画は2008年8月17日やのくら音楽会にて抜粋で演奏。

玉兎月影勝(玉兎)


作詞:二世桜田治助・作曲:清沢万吉


実に楽天が唐詩に つらねし秋の名にし負う 三五夜中の 新月の 
中に餅つく玉兎 餅じゃござらぬ望月の 月の影勝(二上り)飛団子 やれもさ 
うやゝれ やれさてな 臼と杵とは女夫でござる やれもさ やれもさ 
夜がな夜ひと夜 おゝやれ とゝん上から 月夜にそこだぞ やれこりゃよい子の
団子が出来たぞ おゝやれ やれさて あれはさて これはさて 
どつこいさてな よいとよいとよいとよいと よいとなとな これわいさのよい これはさておき

昔々やつがれが 手柄を夕べの添乳にも 婆食った爺やがその敵
うつやぽんぽらぽんと腹鼓 狸の近所へ柴刈りに きゃつめも せたら大束を
えっちりえっちり えじかり股 しや御参なれ こここそと
後から火打ちで かちかち かちかち かっちかち かちかちの山という内に
あつつ あつつ そこで火傷のお薬と
唐辛子なんぞで みしらして 今度は猪牙船 合点だ
こころへ狸に土の船 面舵 取り舵 ぎっちらこ
浮いた波とよ 山谷の小舟 焦がれ焦がれて通わんせ
こいつは面白おれ様と 洒落る下よりぶくぶくぶく
のうのうこれはも泣きっ面 よい気味しゃんと敵討ち
それで市がさかえた 手柄話に乗りがきて

お月様さへ 嫁入りなさる やっときなさろせ とこせとこせ 
年はおいくつ十三七つ ほんにサアお若い あの子を生んで やっときなさろせ とこせとこせ 
誰に抱かせましょうぞ おまんに抱かしょ 見てもうまそな品物め しどもなや 
風に千種の花うさぎ 風情ありける月見かな


※青色部分は上記動画内で未演奏の部分。

清元 國惠太夫

こんにちは。くにえです。

 

いや~、暑いですね。

今日もとても上着を着て町を歩けないほどムシ暑かったです(汗)

 

今日はNHKで清元「山帰り」(文政6年(1823)初演)を収録してきました。

 

今回はラジオではなく、「芸能花舞台」という舞踊付きのテレビ収録です。

 

といっても舞踊は後日、別に撮影するそうなので今日は音だけを収録し、実際もテレビ画面には

くにえは映りません(笑)

 

 

江戸時代中期以降、商人や職人を中心に多くの人々が相模国にある「大山」(現在の神奈川県伊勢原市付近)へお参りに行きました。

 

通称「大山詣り」といいます。

ちょうど今くらいの時期の6月の終わりから7月の中旬くらいまでが一番賑わっていたそうです。

 

「大山詣り」の賑わっていた理由に信仰心も当然のことですが、行き帰りの途中に賭場や遊郭へ

繰り出すことを楽しみとする人々も多かったようです。

 

清元「山帰り」も、上記のような江戸っ子の職人が主人公で、大山詣りの帰りに博打や馴染みの女にふられた話を織り交ぜた、威勢よく軽快に仕上がっている曲です。

 

 

 

「芸能花舞台」~大山をたずねて~(仮題)

 

放送日

2010年7月8日(木)     14:00~14:44  教育テレビ

       11日(日)    23:30~24:14  教育テレビ(再放送)

 

「山帰り」

 

立方      花柳 寿太一郎

浄瑠璃     清元清栄太夫 清元一太夫 清元國惠太夫

三味線     清元菊輔 清元美三郎 清元美十郎

 

監修      坂東三津五郎

 

 

 

 

他、落語や小唄で大山を題材にしたものも同時に放送します。

 

是非ご覧下さい。

 

 

 

                坂東三津五郎丈もいらっしゃりました。

2010_6_22_NHK.jpg

収録の合間にとったスタジオ風景です。

 

 

清元 國惠太夫

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清元國惠太夫プロフィール

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