2011年12月アーカイブ

こんにちは。くにえです。

 

2011年もあとわずかですね。

 

我が家でもささやかながら正月を迎える準備をしております。

 

 

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今年はこんな感じで(笑)

 

 

今年は色々と大変な年でありました。

3月の震災では多くの方が亡くなり、そして多くに方が被災されました。

 

東京でもかなりの揺れがあり、今でも深く心に刻まれております。

 

でも、また新しい日がやってきます。

くにえも自分なりに懸命に過ごしています。また、そうして行きたいと強く思っています。

 

 

来年も素敵な「新しい日」を送ることが出来ますように。

 

皆様、2011年もありがとうございました!

2012年も宜しくお願いいたします。

 

 

良いお年を (@^ ^@)v

 

 

清元 國惠太夫

 

 

こんにちは。くにえです。

 

おととい最終の新幹線で京都より戻ってまいりました!

東京も寒いですね(^^;)

 

 

さて、来年1月に三宅坂・国立劇場で3日~27日の期間で初春歌舞伎公演が催されます。

 

 

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通し狂言・三人吉三巴白波(さんにんきちさともえのしらなみ)の大詰(一番最後のフィナーレ)に

清元と義太夫の掛け合いがあります。

 

 

 

京都より帰って早々ですが、昨日より公演のリハーサルに参加しております。

 

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稽古風景です。

見えづらいかもしれませんが、稽古場の真ん中でしゃがみ込んでいる動きをなさっているのが

市川染五郎丈です。

 

写真には写っておりませんが、奥に松本幸四郎丈や主だった幹部の役者連中が稽古の様子を

見ています。

 

緊迫した稽古場だったので中で撮影することができませんでした(汗)

 

 

くにえも3日、4日、12~19日の出演予定です。

 

新春の国立大劇場へ是非足をお運び下さいませ!!

 

 

清元 國惠太夫

こんにちは。くにえです。

引き続き京都で仕事をしております。


今夜から一層寒くなり、雪がちらつくとの予報も出ていました(^^;)

くにえの祖父母の住んでいる北海道・旭川でも-28℃を観測したとのことです。


皆様もお風邪にはくれぐれもお気を付けください。



今回は京都南座の演目「隅田川」と「喜撰」の舞台風景です。


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こちらは隅田川の舞台写真です。

我々清元連中が上手山台にスタンバイしているところです。

隅田川の解説はこちらで!
http://kuniedayu.com/blog/2011/12/post-118.html





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喜撰の舞台風景です。

こちらもスタンバイしているところです。

喜撰は長唄との掛け合いのため、中央正面山台に長唄連中、お囃子連中(奥で桜柄の裃をつけているのが、長唄・お囃子両連中です)。

下手山台に清元連中が座ります。

喜撰の解説はこちらで!
http://kuniedayu.com/blog/2011/12/post-119.html



26日千秋楽まで精一杯努めたいと思っております!!




清元 國惠太夫

こんにちは。くにえです。


・・・・・・・・すっごく寒いです(++;)京都。

なにせホテルと劇場の行き来で鴨川沿いを毎日歩いて通いますので風がキビシイです(笑)


景色は最高ですが(^^)


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鴨川です。どことなく風情がありますよね!Love is 京都!



今月は京都南座に出演させていただいております。
演目等はこちらで!
http://kuniedayu.com/blog/2011/11/post-117.html



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京都南座です。

毎年12月・吉例顔見世興行になるとこの様に歌舞伎役者の看板を掲げます。




詳しくは、以前に京都・顔見世の記事をアップしておりますので、そちらを参考にしてください!
http://kuniedayu.com/blog/2009/12/post-25.html



おまけ。


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今月の清元の楽屋風景です。

今月は出演者が多く、普段は会議室を右に見える水色のシートで間切りして使用しています。
向こう隣は文字通り会議室です(笑)会議をしているかは分かりませんが(爆)




次回は、開幕前の写真を掲載しようと思っております。


今月は記事のアップに時間がかかっております。
申し訳ありませんm(_ _)m


清元 國惠太夫
こんにちは。くにえです。


昨日より京都南座に出演させていただいております。


南座の近況報告は近々アップさせていただきたいと思います!




今回は京都南座・吉例顔見世興行・夜の部の演目「喜撰(きせん)」について簡単に解説させていただきます。


本名題を「六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり)」と言います。通称「喜撰」です。
作詞者は松本幸二。作曲者は初代清元斎兵衛です。


この「六歌仙」というものは平安時代の6人の優れた歌人を指しており、紀貫之が古今和歌集で批評したことでそう呼ばれるようになりました。

因みにこの6人とは、僧正遍照・在原業平・文屋康秀・喜撰法師・大伴黒主・小野小町です。



「六歌仙容彩」は5人の歌人(小野小町は脇役として登場)をそれぞれ題材とした五変化舞踊として天保2年(1831年)に江戸中村座で初演されました。つまりこの5段を総合して六歌仙容彩なわけです。

もともとは大阪道頓堀・角座で嵐雛助(嵐眠獅)が「化粧六歌仙(よそおいろっかせん)」というものを長唄で上演し、それを六歌仙容彩として作り直し、「喜撰」に清元を加えて上演されるようになりました。



現在、舞踊会では清元のみ、長唄のみの演奏というケースが多くありますが、歌舞伎では長唄との掛け合いが一般的です。
今回も長唄との掛け合いの舞台です。




通称の通り、今回の主役は喜撰法師です。(六歌仙の中でもう1つ、文屋康秀を題材とした「文屋」も清元の曲です。)

舞台は京都の祇園で、桜満開の山々に囲まれているとても華やかな場面です。


桜の小枝をかたげた喜撰法師がばったり出くわした茶汲みのお梶の美しさに恋をしてしまいます。
2人がじゃれながら踊っていると、それを諫めに寺から位の低いお坊さんたちが大勢やってきます。

結局ミイラ取りがミイラになるという形で、お坊さんたちも一緒に踊ってしまうというユーモラスな筋です。


この曲には「チョボクレ」「住吉踊り」といった江戸時代に流行った賑やかなナンバーも組み込まれていて年末を彩るには最高だと思いますよ0(^ ^)0




清元 國惠太夫





参考文献

清元全集(日本音曲全集)・宗家直伝清元集(中巻ノ五)・清元志寿太夫「清元五十番」解説本(吉川英史監修)


こんにちは。くにえです。

 

今日NHKでFMラジオの収録をして参りました!

 

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演目は玉屋と卯の花(抜き差しあり)です。

 

 

NHK FMラジオ 邦楽のひととき

「玉屋・卯の花」

 

放送日

2012年(平成24年)2月15日(水)11:00~11:30

再放送

2012年(平成24年)2月16日(木)5:20~5:50(朝)

 

浄瑠璃

清元 清栄太夫  清元 國惠太夫  清元 瓢太夫

三味線

清元 志寿造  清元 美三郎  (上)清元美十郎

 

 

かなり先のことですが、お聞き下されば幸いです!

 

 

 

清元 國惠太夫

こんにちは。くにえです。

 

今回は前回にお知らせさせていただいた京都南座・吉例顔見世興行の演目、清元「隅田川」について解説させていただきます!

(前回ブログ http://kuniedayu.com/blog/2011/11/post-117.html )

 

 

この曲は本名題も通称も「隅田川(角田川)」といいます。

 

作詞を日本画家で有名な鏑木清方の父、条野採菊(じょうのさいきく)。作曲を二世清元梅吉が担当し、明治16年(1883年)に作詞者の条野採菊の邸宅で素浄瑠璃として開曲しました。

 

もともと、室町期に出来たとされる謡曲(能の詞曲)の「隅田川(角田川)」を改作したもので、当時、遊里や町の風景など、庶民の目線からの作品が多い清元が非難を浴びた時期があり、その脱却から謡曲の改作をして作られた異色の名曲です。

 

 

 

◆くにえの曲説明

 

 

隅田川の渡し守(船頭)が船出の準備をしているところへ都の北白川(京都)より逸れてしまった幼い子供を捜しているという女性に出会います。

この女性は髪も乱れ、もはや常人ではない様子でした。

 

この狂女は渡し守に子供の話をし、誘われるがままに舟に乗ります。

 

舟を川に出して少しのところ、狂女が向こう岸の柳の木の下で人が集まり、念仏を唱えている場面を

目にします。

狂女は渡し守に問うと、渡し守はその経緯を語るのでした。

 

「去年、都より人買いが幼い子供を買取った。慣れない旅にその幼い子は疲れ果て、この川岸に

倒れこんでしまったのだ。情け容赦ない人買いは、その幼い子供をそのまま捨て置き消えてしまった。人々は哀れに思って労わった。

故郷を問うと、都の白川と言う。父親の名を問うと、吉田という。

そうしてその身形の良い幼い子は草葉の露となってしまった。」

 

その話を聞いた狂女は渡し守に聞きます。

 

狂「それはいつごろのことですか?」

渡「去年3月。それも今日のことだ。」

狂「その子の歳は?」

渡「たしか12歳だった。」

狂「その名は?」

渡「梅若丸」

 

狂女は泣き伏せてしまいます。その子供こそ、この狂女の探していた我が子だったのです。

 

渡し守は哀れに思い、狂女を向こう岸の柳の下、梅若丸の眠る塚へと導くのでした。

 

月の夜。隅田川の波風と共に念仏を唱えます。

「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏・・・・・・・・・」

 

その時。

念仏の中に梅若丸も共に「阿弥陀仏」と唱えた声が狂女の耳に聞こえます。

 

狂女は梅若丸の眠る塚を抱きしめ、再び泣き伏せてしまうのでした。

 

 

原詞  「ついと塒(ねぐら)を たつ白鷺の のこす雫か 露か涙か」

 

 

やがて鐘の音が鳴り、空が明けてきます。        幕

 

 

 

 

この隅田川はこのようなバットエンド?で終わるのです。

 

(「ついと~」の舟唄は初演には無く、明治41年に開かれた演奏会の折、五世清元延寿太夫が付け加えました。)

 

 

くにえはこの曲がとても好きです。

 

最初の歌詞に

「実にや人の親の 心は闇にあらねども 子を思う道に迷うとは」

という文句があります。

 

どの時代でも子供を思う親の気持ちとは、何ものにも変えられない深いものがあるのだと、くにえは思います。

 

 

今日はママと一緒にお寝んねしよーかな(笑)

 

 

清元 國惠太夫

 

 

参考文献

清元全集(日本音曲全集)・宗家直伝清元集(上巻ノ三)

プロフィール

清元國惠太夫プロフィール

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