2009年11月アーカイブ

歴男2

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こんにちは。くにえです。

 

ここ一週間で相当冷え込みましたね。
秋の紅葉を見に行くことなく冬に突入してしまいました(汗)

そんな寒い日は暖かい部屋で本を読むのもいいですね。

 

めんどくさがりな僕でも本を読むんですよ(笑)

前にも触れましたが歴史好きの僕は、専ら歴史小説を愛読します。
吉川英治さん、山岡宗八さん、隆慶一郎さん、推理小説で有名な松本清張さんも武田信玄公の歴史小説を執筆していらっしゃいます。


しかし何といってもキング・オブ・歴史小説家は、司馬遼太郎さんでしょう!


僕が歴史小説を読み始めたきっかけは、司馬遼太郎氏の著作を読ませていただいたからなんです。
氏が特定の人物を題材に執筆する時は、神田神保町の古本屋街からその人物の関連書籍が一切無くなるほど資料を集めてから書くそうです。

「生き字引」と言われる所以はこういうところにあるんですね!

 

我々の想像する歴史の有名人は、司馬遼太郎氏の描く主人公のイメージがそのまま人物像になってしまうほど絶大な影響力や人気があるようで、例えば「竜馬が行く」を読んだ僕のイメージでは、

坂本竜馬と言えば危険な場面もなんなくすりぬける身軽な体躯の持ち主でした。

しかし、実際には身長180cmの、当時では稀な大柄な人物だったそうです。

 

同じように小説の内容と実際の文献とが合わないケースが多々あるそうですが、そもそも歴史上の人物ですし、現代では実際に会っている人間はもういないわけです。

僕のような読者は難しいことを考えずに、只々司馬氏の作品を楽しめば良いのかもしれませんね!

 

それにしても、文献に残るような史実が、司馬さんのフィルタを通すことによって蘇り、生前以上に輝きを増して読者に感動を与えるというのは、ものすごいことだと思います。表現者の端くれとして、とても憧れますね。


 

清元 國惠太夫

こんにちは。くにえです。

 

以前、「言葉は時代と共に変わってゆくことが素晴らしい」と持論を書きましたが、
古くから使う言葉でも日本ならではのモノがたくさんあります。


例えば数年前、京都議定書を発効することとなった会議において「もったいない」という日本語が用いられ、世界的に有名になりました。


英語ではwasteful(浪費する・無駄が多い)という単語が当てられるそうですが、
モノに対する敬いや愛情という感情が含まれる日本特有の単語は「もったいない」という言葉以外では表せないそうです。


これって実は凄い事ですよね!!


日本人の持つ感性というのは、長い間他国の文化とあまり交わらない環境だからこそ生まれた、ある種極みと言っていいものです。

 

そもそも「もったいない(勿体無い)」とは、仏教用語の「勿体(もったい)」が語源です。
「勿体」とはモノの本来あるべき形、姿を指します。


この「勿体」が壊れてしまう事で嘆き、惜しむという心が「もったいない」という言葉なのです。

 

子供の頃、水道の蛇口をひねったままで水を出しっぱなしにしたことがありました。
母親に怒られたことはいうまでもありません。


その時、母は「水の神様の罰が当たる」といったことを覚えています。


昔から日本人は、万物に神が宿ると信じていました。
地、空、海。茶碗や針といった日常に使うものにまでいたります。


そういった信仰心や、独特の奥ゆかしい考え方から「もったいない」という概念が生まれたのだと思います。


子供には「もったいないオバケが出る」と言い聞かせたそうです(笑)

こんな日本人、こんな日本語を、僕は素晴らしいと感じ、いろいろな方法を通じて

忘れてしまわないように伝えていきたいと考えています。


 

清元 國惠太夫

宗家演奏会の御礼

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こんにちは。くにえです。

11月19日に何とか宗家演奏会の序幕「助六」他を勤めてまいりました。

 

まずはご来場いただきました大勢のお客様に対して感謝します。

 

今回の会場、日本橋三越劇場は120年の伝統と歴史を兼ねそろえた劇場です。

歌舞伎の興行をうつ事もあるんですよ!

手すりや客席など、重厚なたたずまいを今も持ち続けています。

 

今回も精一杯舞台に挑みました!

空回りだったかな?!

 

結果、お客様にどう感じていただいたかは謎ですが・・・・・・(汗)

 

 

兎にも角にも、誠にありがとうございました。

 

清元 國惠太夫

こんにちは。くにえです。

 

今回は第2回やのくら音楽会で抜粋して演奏いたしました、「鳥さし」についてご説明したいと思います。

 

本名題を「祇園町一力の段(ぎおんまちいちりきのだん)」といいます。前にも書きましたが、本名題とは歌舞伎などで使用する曲の正式名です。俗称を「鳥さし(鳥刺し)とも」といいます。

 

鳥さしは1831年(天保2年)に江戸市村座で初演されました。

 

この年は幕末の動乱に翻弄されることになる孝明天皇(121代)が生まれました。

イギリスではあの有名な「ロンドン橋」が開通した年でもあります。

 

細い竹の先端に鳥黐(とりもち)をつけて鳥を捕える行動や、それを生業とした人のことを「鳥さし」と呼びました。大正時代までよく見かけられたそうです。

 

※鳥黐とは、鳥や虫などを捕えるときに使う樹皮や果実より作られるネバネバした物質です。最近では化学物質などで作られています。皆さんも知っていると思いますよ!例えばハエ捕りやGホイホイなどです(笑)

 

本名題の通り、歌舞伎では「忠臣蔵」の七段目、「一力茶屋の段」で踊ったと伝えられています。

始まりの歌詞「さすぞえ」は鳥さしの「刺す」と「(盃を)さす」を掛けていたり、曲中、当時流行った「都々逸(どどいつ)」が組み込まれていたりする、軽妙な舞踊曲です。

また鳥の名前も沢山出てきます。いくつ分かりますか?!

 

※都々逸とは、七・七・七・五の文体に三味線や簡単な節を付けた名古屋発祥とされる唄のことです。古い唄や民謡などを文句に取り入れたために、大変流行しました。

 

 

鳥さし

(作詞:三升屋 二三治  作曲:初世 清元 斎兵衛)


(二上り)
さすぞえさすは盃 初会(しょかい)の客よ 手にはとれども初心(しょしん)がお
(本調子)
さいてくりょ さいてくりょ
これもんのにかんまえて まっ これもんのにかんまえて
ちょっとさいてくりょうか さいたら子供に羽根やろな
鶸(ひわ)や子雀(こがら)や四十雀(しじゅうから)
瑠璃は見事な錦鳥(にしきどり)

こいつは妙妙(みょうみょう) 奇妙鳥類 何でもござれ 
念佛(ねぶつ)はそばで禁物と 目当て違わぬ稲むらを狙いの的と ためつすがめつ
いでや手並みを一ト刺しと 一散(いっさん)走りに向こうを見て
きょろつき眼をあちこちと 鳥さし竿も其の儘(まま)に
手足伸ばして捕らんとすれば 鳥はどこへか随徳寺

烏(からす)鳴きさえエヽ
うまい奴めと なぶりオカメから そこらの目白が
見つけたら さぞ鶺鴒(せきれい)であろうのに

日がら雲雀(ひばり)の約束は いつも葭切(よしきり)顔鳥(かおとり)見たさ 
文にもくどう駒鳥(こまどり)の そのかえす書きかえり事

なぞと口説きで仕かけたら 堪(たま)った色ではないかいな
実(げ)に御贔屓(ごひいき)の時を得て 座敷の興(きょう)も面白き
息せき楽屋へ走り行く

こんにちは。くにえです。

 

インフルエンザがまさに大流行!マスク、アルコール消毒液は必需品ですね!
歌舞伎座の楽屋にも1部屋に1つずつ置いてあるんですよ。

 

必需品といえば、稽古の時にも幾つかあるのですが、今回はそれをご紹介したいと思います。

2009_11_13_keiko3.jpg

(画像左から)

1、タオル
  曲を覚えるときは実際に唄ってみます。
  稽古をしているうちにどうしても声が大きくなってゆくために、
  口にタオルをあてて消音します。
  不精な僕は、夜間に稽古をすることが多いので、ことさら必需品です(笑)

2、音源
  口伝が基本であったとお伝えしましたが、
  現代ではすべての曲に師匠からお稽古をつけていただく訳にいかないので、
  録った音を手本に稽古をします。
  最近はiPodやICレコーダーなるハイカラな機材で録音しちゃいます(笑)

3、唄本
  これも先日も掲載しましたが、あのうねうねした節が書いてある本です。
  曲を聴きながら、独自の唄の節を書いてゆくのです。

4、合びき
  これは舞台でも使用しますが、正座をする際にお尻にひくイスの様なものです。
  やのくら音楽会にいらっしゃった方であれば、私が舞台に座るとき、
  なにやらモゾモゾしているのをご覧になっているでしょう。(笑)
  
  元々清元は、あまり体を動かさないことが美学とされていた世界なのですが、
  唄を唄うと力が入ってしまいますので、体が揺れ動いてしまうのです。
  力が入ってしまうときは立ち膝に近い状態になることが分かったので、
  合びきをかませ、最初から立ち膝のような状態にすることで、
  体が動きを消したというわけですね。先人の知恵は素晴らしいですね。
  
  ただ、私はそれでも体が動きまくってしまいますが。(笑)


稽古は師匠につけていただくだけではなく、復習が必ず大切なのですね。

この辺は高校以降の勉強と同じです。

 

古典芸能は幼き頃から従事する場合もありますから、師匠に教わる内容は曲だけではなく、

「曲を覚えるノウハウ」も教わるのですね。


 

清元 國惠太夫

清元3 演奏形態

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こんにちは。くにえです。

 

我々の職業は、幾ら芸が立っても一人では成り立たない職業です。

僕の場合は太夫ですから、必ず三味線弾きが必要になるわけです。

清元の場合、基本的に唄3~4人、三味線3人の編成が基本となります。

三味線3人、唄3人を「3丁(挺)(ちょう)3枚(まい)」と呼びますが、

「丁(挺)」と呼ぶのは、三味線を1挺2挺と数える事に由来しています。
「枚」の由来は諸説ありますが、太夫の持つ唄本のページの「枚」からだそうです。

 

その他、歌舞伎や舞踊会ではお囃子が入ります。

お囃子とは鼓(つづみ)、大鼓(おおかわ)、太鼓(たいこ)などなど・・・つまりパーカッションですね。

鳴物(なりもの)とも言います。

曲によっても様々な形があり、かならず3挺3枚というわけではないのですが、これが基本の編成なんですね。

 

実に多くの人に助けられ、相互に補完しあいながら舞台を創り上げているのだなぁと感じます。


そのほか、編成以外に曲によって違うところが、もう1つあります。それは衣装なのです。

「三千歳」、「明烏」といった曲などは、座敷の中という設定の舞台で羽織を着用します。また編成も2挺3枚という形になります。

同じくお囃子さんたちも含めて衣装を替えたりするので、面白い点ですね。

重要度からいうと、一つには格好で、二つには編成です。


我々、やのくら音楽会では1挺1枚です。

昔は2挺1枚や1挺1枚の形態もよくあったそうですけれども、カジュアルに楽しんでもらうための、1つの工夫だったりします。


まあ我々の場合は、「舞台の広さの関係で1挺1枚」と言うほうがしっくり来るかもしれませんが(笑)


 

清元 國惠太夫

歴男1

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こんにちは。くにえです。


この國惠太夫のページをご愛読下さっている方は薄々気付かれていることと思いますが・・・


私、歴史が大好きなんです!

 

歴史小説などはもちろんのこと、日本各地にあるお城を見たり、文化財を見学したりするのが楽しくて仕方がありません!

ただ、そこに現存する建物は近年改築されたりしているため、さほど感動はないのです。それよりも、今から数百年前のこの土地に、この場所に、時にはこの部屋に、その歴史の人物が歩き、生きていたと考えると、もうたまらなくゾックゾクしますね!(笑)・・・・・・アレ?


学生の時分も現代文、古典、日本史、世界史はかなり成績が良かったんですよ!えっへん(ハナ息)

逆に英語、数学は・・・・・・・(タメ息)

 

極端すぎる文系でした~。

 

最近はメディアの影響か「歴女」と呼ばれる歴史好きの女性が増えてるそうですね。とても嬉しいことです。

 

ちなみに僕みたいなものは「歴男(れきお)」でしょうか?(爆)

 

幼き頃は、やはり歴史上の人物に大変な興味を抱いていましたが、最近は仕事の影響もあって、その時代に生きる庶民の生活や考え方に惹かれています。

 

例えば以前のエントリにも記しましたが、第6回やのくら音楽会で演奏した「権九郎」は、幕末の動乱期に出来た作品です。その頃の大衆と言えば、国が大きく変わっていく状況でも、どの芝居小屋で歌舞伎をやっているかの方が断然興味があったらしいんです。

 

確かに直情的には、自民党から民主党に政権交代したことより、ドラマの放映内容やスポーツんも試合結果の方が気になりますもんね!今も昔も変わらないんです。

 

そんな風に通ずる部分があるからこそ、興味がわくんでしょうね!


結果論として職業と好みが多かれ少なかれ合っている気がします。演奏の才能はさておき(笑)

 


清元 國惠太夫

古き良き日本語1

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こんにちは。くにえです。


「最近、若者の日本語がおかしい」

などとよく聞きます。言葉をすぼめたり、語尾を上げたり・・・。
僕も言葉によっては違和感を覚えることがあります。

しかし、気が付けば自分も知らず知らずのうちに使ってしまっています(汗)

 

私が日ごろ語る清元は、古いものでは数百年前の日本語を使っています。当時の流行した出来事や商品などが、掛け言葉として歌詞におり混ぜてあるんです。

昔の言葉だと所々意味の通じないモノがあったり、同じ字面でも意味が変わってきているものがあったりして直感的に分かりにくいのですが、さらに言葉が分からないように分からないように掛け言葉にしてあるんですよね。
(同時は分からないようにすることが作詞の美学だったのです)

 

余計分からなくなりますよね(汗)

 

職業柄、そんな風に昔の言葉に触れたりする一方、今現在の言葉も使ったりすることで、言葉の意味や定義みたいなことを考えることが多いのですが、結論としては時代時代で言葉が違っていても良いのではないかと思っています。

世相で服装が変わったり生活スタイルが変化したりするように、言葉だって変化するのは当然ですよね。最低限の節操は緩んではいけないということで、要所を抑えれば問題ないのだと思います。

 

何が要所で何がそうでないかを知るためにも、古き良き日本を知ることが必要ではないかと考えており、皆様がそういった拡がりを持っていくことができるように、清元を通してお手伝いできればと考えています。


清元 國惠太夫